第十九話:仕事後の内職
店の清掃を終え、大量の海老を入れたボウルを持って二階に登る。
ちょうどパジャマ姿の琴葉と廊下で会う。
火照った身体が妙に生々しい色気を出していた。
琴葉はペコリと頭を下げそそくさと自室に戻っていった。
特に用もないので、凛太郎も部屋に戻る。
「お風呂空いたぞ」
「んー」
モニタを眺めるユキは、もやしのひげ根を一つずつ取っている。
床に広がりそうなほど長い黒髪が、ボウルの縁に触れていた。
見たところ半分も終わっていないが、ボウルはもう二つ分パンパンだった。
今日は金曜日。
明日、明後日のディナーに向け仕込みが必要だ。
では一階でやれば良いと思うだろうが、そういうわけにもいかない。
"我々"は忙しいのだ。
「今日はお風呂いいや」
「いい加減にしろ。昨日も入ってないだろ。悪臭振りまいて寝るつもりか」
「琴葉さん入ってるかも」
「今すれ違った。早く行け。後はオレがやる」
部屋の隅には二枚の布団が畳まれ、テーブルの上には型落ちのパソコンとモヤシのボウルが並んでいた。
応接間として使われていた名残か、壁際には小さな飾り棚がある。今はユキのゲーム機と充電ケーブルが占領していた。
ユキの隣に座ると、皮剥き用のボウルを展開して内職の準備を始める。
「ねえ、それ部屋臭くなるよね」
口達者な妹に、消臭剤を黄門のように見せつける。
「じゃあユキの匂いもしないから大丈夫だね」
「頭おかしいのか?」
ぷくーー、とほっぺたをリスのように膨らませる。
最近この仕草が多いが、彼女なりの年相応の妹ムーブなのだろう。
「あ、じゃあリンお兄ちゃん、一緒に入る?」
「オレは介護職員でもなくロリコンではなければ、ベビーシッターでもない」
「でもユキのお兄ちゃんだよねー♪」
チッ、と大きめな舌打ちを鳴らす。
日に日にユキの妹芸が秀でているのを感じていた。
「……琴葉さんにも興味ないし、リンお兄ちゃんって特殊な性癖なの?」
「いや、一般的だ。女は嫌いだが女体は好きだ」
「うん。道徳学ぼうねリンお兄ちゃん」
なんかこれデイリーミッションになってきたね、と妹は笑った。
一階でやれば良い仕込みを二階でやる理由。
二人で眺めるのは琴葉から借りた型落ちのパソコン。
きちんと初期化したが、それでもパソコンとしてのスペックはゴミだ。
今時CDソケット内蔵、さらにはSDカードまで内蔵された骨董品だ。
だがそれは、二人にとっては好都合だった。
田中兄妹が眺めるモニタは、ただ夜の山奥が映し出されている映像だった。
木々が揺れるだけ。
数時間に一度、車が往復するだけ。
その時は動画を止め車のナンバープレートを記載する。
それ以外は4倍速で眺めていても何も起きない。
先週から金曜と土曜は二人で交互にこれを監視するのが日課だ。
目的は言うまでもなく、3人目、或いは4人目の監視。
巫女以外にも、我々同様山から降りてくる人間がいないかの確認だ。
面倒くさがりのユキとしても、それは非常に重要である理解はあり、加えてリンの力になるので積極的に手伝っている。
手伝ってはいるが……。
「これ、いつまで見るの?」
4倍速。
見ているのはYouTubeなどの動画サイトではない。
喋らない木々の映像が無限に続くだけ。何も起きない。
二人揃ったので、8倍速ルールへと切り替えるが、それでも長い。
「SDカードの上限である4日間だ。1日消費が4倍で6時間。二人で見たら3時間か。4日なんで、これを四倍だな」
露骨に嫌そうな顔をするユキ。
画面から視線を逸らせないが、なんとなく空気感で伝わった。
「肉眼で確認することに意味がある。5日目以降は動体検知と人体検知を組み合わせてみる」
「……なにそれ?」
「動体検知は動いたら自動で録画だ。人体検知は人が現れたらAIが感知して録画を始める」
「あ、そうだAI! これで人が居たかを――」
「それはしない。ネットにこの映像は出さない。あくまでオフラインのPC上だけ行う」
「うひゃー。大変だ」
実際監視カメラを仕掛けたのは初めてだったが、赤外線ナイトビジョンは夜でも予想以上にはっきりと識別出来た。
「それにしても……」
「うんー、どうしたのリンお兄ちゃん?」
「いや……」
(こいつ、妹芸が身に付いてきたな)
物事に対して冷ややかに観察するタイプだったはずなのに、
僅か一ヶ月と少しで一挙手一投足リアクションを纏えるように成長している。
出会った当初から人を信じない疑心暗鬼さは正直好感を持てた。
頭が良い。それは目の前の情報を鵜呑みにしない目の良さに起因する。
そんな自分と同類の彼女が、今では立派な妹を演じきっている。
ふむ、と顎に手を当てる。
「逆説的に言えば、オレも妹になれるということか」
「リン」
100対0で自分の失言が悪いと認めた凛太郎は、ひたすらモニタを眺めていた。




