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出来損ないの妹よ、オレについて来い  作者: 河島アドミ


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第十八話:良い性格

居候当時に比べ、内装工事を入れたのかと見紛うぐらいピカピカになった店内。

それも全て田中リンという潔癖症のワーカホリックの働きだった。


ついに店内の改装作業を全て終えたこの日、

ランチのラストオーダー後に彼は厨房に向かい、店主から指導を受けていた。



「ネギのみじん切りは、こうだ」

まな板の上に乗るネギ。

そのまま上から包丁を落としていくのだろうと、思っていた。


しかし店主はネギの側面に包丁を当てると、繰り返し手首を小さく前後させる。

「……?」


ネギの変化はない。

準備運動なのかと思えば、今度は普通にネギを切る。


「おお……!」


すると、上から引かれた包丁から、数多に刻まれたネギがまな板の上に踊った。


(なるほど、なるほど……!)


理屈はわかる。

通常の家庭料理のように上から包丁を落とせば二分割になる。

予め側面に包丁を入れることで、一度に粉々になったネギを効率良く降ろせるのだ。


(店主は7回……8回か? それだけ側面を引いた。ならば2の8乗で……256回……!?)

そんな事があり得るのだろうか?

白ネギはせいぜい直径1cm程度。

一度や二度ならまだしも、これだけ正確に包丁を引くのはまさにプロの技。



「ネギごときで一々驚くなよ」

謙遜(けんそん)ではなく、心底鬱陶(うっとう)しい表情を浮かべて店主はチャーハンを作っていく。


卵を溶く、中華鍋に落とす、といった些細な動作一つとっても全てプロの技で洗練されていた。

その様子をメモを取りながら眺めていた。



「あいよ、チャーハン2つとエビチリだ」

「ありがとう」

タッパーに入れると、それをビニール袋にしまう。


「あれ、リンお兄ちゃん、今日は上で食べるの? 散歩?」

「私用だ。ああ、そうだ可愛い妹よ。今日は片付けを頼む」

「えーーーーーーーー……」

リスのように(ほお)を膨らませて不満さをアピールする。



「ああ、いいぞチビッ子。俺がやる」

「――ユキ」

「う……やる! ワタシがやる!」

「いいって。俺も最近田中に甘えてた」

「ううん。ワタシがやる! 価値がないとリンお兄ちゃんに捨てられる!」

店主はコクリと頷いた。

久しぶりに「それはわかる」と納得したようだ。



彼は一体オレの何をわかっているのだろうか。



「店主よ。私用だが、自転車を借りたい」

「一々許可取るなよ。勝手に使って勝手に戻せ」


結果として、こういった放任主義の方が管理型よりも部下は育つものだ。

人生の先輩は、やはりこういうところも秀でている。



「ねえリンお兄ちゃん。それ二人前だよね? 誰、琴葉(ことは)さんとデート?」

「何故かオレは琴葉にあまりよく思われていないらしい」

今度はうんうんとユキが納得した。


このクソガキは一体オレの何がわかったというのか。



「ひまー。ユキも行っていい?」

その言葉に、ふむ、と凛太郎(りんたろう)が思考するが、


「おいチビッ子。片付けするんだろ。自分の言葉には責任持て」

「ううぅぅ……」

「フッ」


微笑むと、凛太郎は店から出ていった。



「おじさん。ひどーーーい」

「バカ。ありゃ女だ」

「え……」

一瞬、ユキは固まった。



「えええええええええええええ!?」

「あの頭おかしいリンお兄ちゃんが!?」

「性格悪いリンお兄ちゃんが!?」

「洗濯物散らかってるだけですぐ説教するリンお兄ちゃんが!?」

「玉ねぎ切って泣いてたリンお兄ちゃんが!?」

「ユキのピーマン食べてくれないリンお兄ちゃんが!?」


「いやピーマン食えよ」

随分な言われようだが、田中リンを知る店主も少し思い返せば、全てユキのリアクションが正しく感じた。





地方衰退を象徴するシャッター街。西日が錆びたシャッターを赤く染めていた。

街中も、道路も、活気も、全てが哀愁(あいしゅう)を漂わせながらも、よく見ればポツポツと今も営業中の店はある。


床屋や刺し身屋……数える程度ではあるが、BARなんかもあった。

閑散(かんさん)とした街だからこそ、そこにビニールシートを敷いて座る人物はすぐに目に入った。


金髪だ。

変わらぬ衣装。色落ちしたデニムジャケットにざっくりとした厚手のニット。

踵が擦り切れたコンバットブーツが、シートの端からはみ出している。


ちょうど準備するところだ。

ギターケースを開けると、弦を指で弾きながら調弦を始めた。

乾いた音が一本ずつ空気に溶けていく。


道路沿いに置かれた空き缶は、おひねり用だろう。

そこに、我々の通貨である未開封のタバコがボコンと音を立てて落ちた。



「いいねえ。うちは現物支給も大歓迎だ」

金髪は視線を上げるまでもなかった。

ラッキーストライクの匂いがすれば、来訪者はひとりに絞られる。



「一緒にお昼をと思ったが、どうやら邪魔だったか?」

「美少女口説くのにタバコと飯かよ。あと今は夕方な」

「ふむ。杏子(きょうこ)よ。キミはよく良い性格していると言われないか?」

そりゃてめえだろ、とギターを置いた。


「今日も酒ヤケの声だな。アルコールの摂取は多いのか?」

「うるせえな。あたしはコレが地声なんだよ」



近くの自動販売機でお茶を買うと、

二人でビニールシートの上で食事を始めた。


「オレは今までの人生、杏子のような記号化された底辺と付き合う事がなかった。実際に触れ合ってみると、これが意外にも落ち着くんだ」

「やっぱお前良い性格してるよな」

刺々しい言葉とは裏腹に、二人はニヤリと笑う。



「で、なんだよ急に?」

「質問があるのはオレの方だ。何故店に来てくれない? 琴葉か?」

「うん」

そうか、と呟く。


原因を事前には聞いていたが、凛太郎は受け入れるが琴葉の居る店には来ないと思うと、相当毛嫌いしているのか。



「男に思わせぶりな態度で媚売って、チヤホヤされてその気にさせる不誠実さが嫌いなんだよ」

「疑問を抱くより先に回答をくれる。会話のペースが早いな。見た目に反してIQが高い。コミュニケーションが早くて助かる」

「見た目に反して言っているか?」

「訂正しよう。杏子は見た目通りIQが高い」

「マジでお前良い性格をしているよな」


互いに薄い笑顔を浮かべながら、どうもこの時間は嫌いじゃなかった。



ブルーシートに靴を脱いで上がると、二人は食事を始めた。

空き缶がおひねり入れの隣で、ブルーシートがかすかに風に揺れている。


凛太郎は食事をしながら何度も頷く。


ちょうど先日、自分でチャーハンを作ってみたが、同じ食材、同じ工程でこうも味が違うのはやはりわからなかった。


店主はチャーハンで、同じレシピで作った凛太郎は米と油と卵を混ぜたものだった。

色味も違うし、粘着(ねんちゃく)さも異なる。


プロというのは理屈ではない何かを持っている。



「お前なにしにこの島に来たんだ?」

「自分の事を語るのは好まないんだ」

「リンが好む好まないの話はしてねーだろ。この島になにしに来たんだっつてんだが?」

良い性格だな、本当に。



「まあ一言で言えば家庭の事情か。裕福な人生しか送っていないオレだったが、人生初の貧困になり、そしてここに居る」

「へえ……ボンボンも大変なんだな」



食事を終えると、西日はもう建物の向こうに沈んでいた。

100円ライターのやすり車を回す音が同時になると、二つの白い煙が登った。


「しかし島国は狭いというのは本当だな。誰もが杏子はここに居ると言うし、"あまり良くない噂"も流れているらしいな」

「……」


その質問に、タバコの先端だけが沈黙に答えた。

金髪の目が鋭くなったのを凛太郎は知らない。


「それを聞いたリンはどう思うんだ?」

「杏子の世間体には興味がない」



へッ、と笑う。

こいつはブレない。一貫して生意気なクソ野郎だ。




「薬か、それ以外の何かだな」

核心部分に触れる。


「値段はわからんが、杏子のファッションや楽器はこの島の経済規模のウリ程度で買える品物じゃないだろう。それでいて自転車のチェーンが嵌められるぐらいの下町さも残している」

「自転車のチェーンすら嵌めれない自分に何か一言ねーの?」


ため息混じりで呆れる杏子に対し、凛太郎は鋭い目付きで視線が一度宙に彷徨った。



「さっき述べた通り……オレも色々あってな。探しているんだ」

「――やめとけ」


笑いの消えた声だった。

初めて見せる、杏子の明確な拒絶。


「何を探してんだ? 受け子のバイトか? 強盗のバイトか? それともお薬かよ? 刑務所の片道チケットで人生終わらすなよ」

「――身分証を作りたいんだ」


ああ、と杏子は頷いた。


「もしつてがあるなら、保険証・マイナンバー・運転免許証・パスポート……それぞれの値段を把握したい。免許証とパスポートは実際には使わないのでICチップ内蔵などの有無も知りたい」

「……へッ」

視線を交えるが、杏子も真っ直ぐ凛太郎を捉える。



「こりゃ失礼。杞憂(きゆう)だったな。ただ良い性格している頭が良いヤツだったな」

「ちなみに、良い性格をしている金髪美少女が一晩買えるならそちらも是非伺いたい」


出会った初日と同じく、しかし全く違う笑みを二人は浮かべていた。

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