第十六話:妹の役割
「おいしーーーーー!」
スプーンとナイフを持つ手をパタパタと震わせ全身で美味しさをアピールする小学生。
長い黒髪が椅子の背もたれを越えて垂れ、床すれすれのところで止まっていた。
そんな行儀の悪い場面を兄が見ればブチギレるだろうが、年配にはこれが一番効果があるのを学んだ。
「ユキちゃんは可愛いねえ」
白髪を綺麗に束ねた小柄な老婆が、シワの寄った目を細めた。
この日、大三元の常連である鶴おばあちゃんに案内され商店街に足を運んだ。
シャッターの目立つ通りに、申し訳程度に開いている食堂が一軒。
窓際の席から外を眺めれば、自転車を引いた老人が一人、ゆっくりと横切っていった。
「ユキ。美味しい?」
「おいしーーーー!」
「ユキ大げさすぎ。こっちのハンバーグもっと美味しいよ」
「わーーーい、え、すご! 肉汁すご!」
テーブルを囲む席には鶴おばあちゃんの孫である、詩乃と真帆。
ユキと同世代の女の子だ。
姉の詩乃は活発そうな短髪で、妹の真帆は人見知りらしく椅子の端に小さく座っていた。
上手く孫に気に入られ、友好関係が築けた。
『友達作って遊んでこい』
それがリンが命じたミッションだった。
初めは何を言っているのかよくわからなかったが、道筋を辿れば単純な話だ。
要約するとこうだ。
我々の器を知る人間がいるなら接触して、情報を取ってこいと。
で、それをやろうとした兄は難儀な性格ゆえに失敗し、その役割を妹に押し付けたと。
出来損ないの兄を持つと大変だ。
「詩乃ちゃん食べるの早ッ!」
「ユキが遅いの。早く食べて、トランプやるよ」
この姉妹以外にも何人か会った。
幸いなことに、ここでユキを知る者はいない、もとい、ユキの入れ物を知る人物はいなかった。
「お薬は飲んだ?」
「うん! ちゃんと飲んだよ!」
ユキは記憶喪失で入院していた。
そういう設定にしたところ、それがまさかの大ウケであり、気を遣って面倒を見てくれるわけだ。
食事を終え、鶴おばあちゃんの自宅へと向かう。
詩乃が先頭で駆け出し、真帆がそれを追いかけた。ユキは長い髪を揺らしながら二人の後ろをついていく。
商店街から路地に入ると、軒先に干された洗濯物と、どこかで焚いている線香の匂いが混ざり合っていた。
「勉強とか、全部忘れたの?」
「覚えてる……よ? 九九とかも」
「へー。別の人格とか生まれないの?」
「それ厨二病すぎでしょ」
「あははは」
子供三人で笑い合う。
ユキが別人格で笑ったのは少し別の理由ではあるが。
ちょうど次見ようとしたドラマが頭の中に浮かんだ。
(――ミステリードラマなら、ワタシ達は二流)
ドラマなら、恐らく謎が謎を呼ぶ展開の連続。
3人目とやらが現れて意味深な言葉を残すだろう。
もしくはカタリや、リンの関係者がこの島にやってきて一戦交えて……と、いくらでも話を膨らませる導線はある。
――それなのに実際、この二ヶ月間なんのイベントも起きない。
ただ職場で働き、眠って、たまに遊んで、とただの社会人だろう。
これはこれで当事者としては楽しい平穏な日々ではあるが、
誰がこんな退屈なドラマを見るのだろうか?
もし自分が人生をもう一度やり直せるのなら、この生活を甘んじて第二の人生を送ったかもしれない。
しかしユキは天笠花。
カタリを皆殺しにする悪魔。
「あー、座ると髪がついちゃう……」
「ユキ髪長いねー」
「ねー。京子姉ちゃんみたい」
(……ん?)
髪が長い。
それだけなら引っかからないが、それはリンが探している人物の特徴に一致する。
それにこれは知らなかったが、リンの話では人が伸びる髪には上限があり……よくわからない、詳細は忘れたが、とにかく特異体質と言われたのは覚えていた。
言われてみれば街でここまでの長髪は見かけない。
ユキの食指が動く。
「ふーん、その京子姉ちゃんってどんな人?」
「キレイな人だよ! ちょーーー、美人」
「へー。いいなあ。ワタシも会ってみたいなあ……」
ユキは巫女の姿を見ていない。
そもそも、巫女の存在はリンが口頭で口走るだけだ。
頭の良いリンが、仮にウソをつくとしても巫女ではなく別の要素だろう。
リンは誠実だ。
だからこそ、やましい可能性が臭うであろう前世の話はしない。
それは――こちらにとっても都合が良い。
「ワタシもその美人さんに会いたいー!」
それは簡単だろう。
今、自分は幼児の見た目。
「いいよ、今度行こうか」
そう。認識があるならばそうなる。
問題は、そこにどうリンを同席させるか。
「京子姉ちゃん、山の奥に住んでいるから、車で行かないと会えないんだ」
「へー」
山奥。長髪。
新しいおもちゃを見つけたように、少女はニコリと微笑む。
プロローグ後の怒涛の展開の後、長い長い序章がようやく終わろうとしていた。




