第十五話:偽善者二人
「はいよ。鶏モモ10kgに鶏ムネ4kg。それと豚ロース10kgと豚肩2kg。あー、そうだ兄ちゃん。新作のチーズササミがあるんだ。持っていきなよ」
「ふむ。チーズササミか。幾らだ?」
「試供品だよ。ガキから金取るかよ。美味かったら稲村に推してくれよ」
還暦を迎えたであろう老人が可愛い笑みを浮かべると、袋の中に入れてくれた。
「不味かった場合は不味いと言っていいのか?」
「馬鹿野郎」
微笑むと肩を叩かれて肉屋を出た。
話に聞く通り、地方では人と人とのコミュニケーションが発達している。
一長一短だとは思うが、凛太郎としては悪い時間ではない。
ただ、気がかりではあるのはこういった主要な食品店で談笑しても、
誰も自分を知っている人物がいない。
もしユキが成果がないと報告を受けたならば……それでも確定はできない。
少なくともこの"入れ物"は島の中の人物ではないだろう。
「……」
しかし、推察通り島外の人間だったとしても、疑問が残る。
わざわざこの島に被検体を運び出し、神社に放置……。
それも、男女の二名。
意図が見えない人体実験と言える。
さらにこんな噂がすぐに広まりそうな田舎でとなれば……その可能性は著しく低くなる。
――尤も、それを狙った被検体が田中ユキと田中リンである可能性も否定はできないが。
荷物をカゴに乗せ、店の前に停めている自転車に跨る。
大三元は登山入口付近であるため最後は押して歩くが、
商店街ではこいつが活躍するケースは多い。
卒業展覧会ではそれなりに同世代が居たが、あれはどこに消えたのか。
実際に街を徘徊すると老人しかいない。
30代どころか40代でも会話をした記憶がほとんど無い。
自転車を走らせていると、ペダルを漕いだ時に何かが抜ける感触があった。
「む……?」
バランスを取ろうと反対の足でペダルを押し込むが、文字通り空回りしてそのまま失速した。
「……ふむ」
重量過多による圧壊、ではなく、
だらしなくぶら下がっているチェーンを見るからに一時的なトラブルだろう。
(おやおや)
しゃがみ込んでチェーンを触る。
だがそれは触るだけでどうしても入らず、何も進展がしない。
コレがダメならココだ、と進展があればいいのだが、
何をどうしてもぷらーんと垂れるチェーンは何処にも引っ掛からない。
「ぐ……!」
試しに漕いで見るが、結果は火を見るより明らか。
舌打ちをすると、またチェーンに取り掛かるが、
両手を黒く染め上げるだけでなんの進展もない。
「何やってんだ?」
声に振り返ると、この街では珍しいパンクなファッションの女が立っていた。
色落ちしたデニムジャケットにざっくりとした厚手のニット。
踵が擦り切れたコンバットブーツの先でアスファルトを軽く叩いている。
金髪は根元から染めていない雑さで、それがかえって様になっていた。
「男のくせにチェーンも直せねえのか。だっせえな」
小柄な女性が、しゃがんでいる凛太郎を文字通り見下す構図になる。
小さい身体を大きく見せるような、なんとなく勝ち気な台詞が逆に微笑ましく感じさせる。
「いきなり現れては随分と辛辣なことを口走る女だ。だが、ださいという比喩はまさにその通りか」
「喋り方うっざ。やっぱ大学のボンボンかよ」
小柄ゆえに子供っぽさが抜けないが、酒ヤケの声質から成人は迎えているらしい。
金髪の女性はどけよ、と言うと隣にしゃがみ込むのでスペースを開ける。
ペダルを逆にカラカラと回すと、チェーンに触る。
あっという間にチェーンははまった。
「おらよ」
黒くなった手でペダルを押すと、自転車と連動しているのが視認できた。
「オレとどこかで会ったか?」
「誰だよ。知らねえよてめえなんか」
そう言って立ち去ろうと金髪の女性は背を向けた。
「待て、金髪」
「お。良い呼び方だな黒髪」
ふむ、推測通り黒髪はダサいらしい。
「もう一度見せろ。チェーンが外れた時、どこにどうかけたか教えろ」
「良い性格してるじゃねーか。なあ、お前それが人に物を頼む態度かよ?」
「よろしくお願い致します」
深々と頭を下げる。
それを見た女性はちょっと引いて、変なヤツ、と毒づいた後に指でチェーンを外して見せた。
「ここだ。ここにかけるんだ。横からじゃなくて、上に持ち上げて……こう」
「なるほど。素晴らしいな」
「へっ。素晴らしくもなんでもねーだろ。小学生でもできるだろ」
41歳にもなって、もっと言えば人生二周目で自転車のチェーンすらわからないとはなんと情けないことか。
「もういいだろ」
「いや、まだだ金髪」
なんだよ、と面倒くさそうに毒づく。
「お礼をさせろ」
「金」
ふむ、と頷くと凛太郎は汚れないように財布を取り出すと、
そのまま相手に渡した。
「相場がわからん。適切な金額を抜いてくれ」
「……お前変わってるな?」
「それは否定はしないが、見ず知らずのオレを助けた金髪がそれを言うのか?」
へっ、と言うと財布を突き返して、代わりにポケットからタバコを取り出した。
「おやおや、金髪はセンスが良いな」
そう言うと凛太郎は女性と同じ銘柄のタバコ、ラッキーストライクを咥えて火を付けた。
金髪の女性もそれを見ると嬉しそうに微笑んだ。
「お前本土から来た大学生じゃねーのか。見ない顔だな」
その言葉に凛太郎は首を傾げた。
「見ない顔……ふむ。金髪は顔が広いのか?」
「こんな小さい島で小学校中学校過ごしてるんだ。見覚えないヤツは全員本土に決まってんだろ」
なるほど、確かにと頷いた。
そうなるとそもそも琴葉が知らない段階で……いや、あの女聡い。知っていてもそうじゃない素振りもする女だ。
とにかく、第三者の善意在る金髪女性により、人物捜索に対しては有力な答えが出せそうだ。
「オレは田中リン。中華料理屋『大三元』で働いている」
「へっ。なーんだ、琴葉狙いってわけね」
ほう、とその言葉に微笑んだ。
「琴葉狙い……なるほどな。容姿の通り、やはり琴葉はモテるのか?」
肯定でも否定でもない予想外のリアクションを見て、
金髪の女性はさらに訝しむ。
「島の人間じゃないな。それに白銀大学でもねーのかよ」
ふむ、と頷く。
"琴葉を知らない"
たったそれだけで推察できるほど、彼女の影響力は大きいらしい。
或いは想像以上に島のネットワークが狭いか、まあそれは些事だ。
「わけあってここに来た。あまり詮索はしないでくれ。自分を語るのは好きじゃないんだ」
「じゃあなんで大三元って言ったんだよ」
「食べに来い。ご馳走してやる」
かっこいいじゃん、と肘でつつかれる。
「あたしは白河杏子。自己紹介するとな」
少し溜めて、
「稲村琴葉が大嫌いな女だ」
はっきりと拒絶を口にするが、それに臆するでも困惑するでもなく、凛太郎はふむと頷く。
「それは極めて正常な感情だな」
「なんだそりゃ? あたしが琴葉嫌いだからって合わせるコウモリ野郎か?」
凛太郎は首を横に降った。
「同性内競争という進化心理学において、自分よりも見た目が良いと思った女を妬むという事だ」
へっと笑う。
「助けてやってお礼したいとか言うくせに、言葉で殺しに来んじゃん。男は違うのかよ」
「違うな。何故なら男は容姿以外にも資産や腕力、連れている女、権力など競争する要素が複数存在する」
「ハハハ、面白いな田中」
「リンと呼んでいいぞ、杏子」
フィルター近くの黒くなった部分が、灰に変わる。
吸い殻を地面に落とすと、杏子はソールが厚く汚れたプラットフォームスニーカーで火種を踏み潰した。
アスファルトと同化した吸い殻が、杏子を眺めていた。
「だが同時に女は調和の性質を持つ。自分が悪役になりたくないという枷を外すことが出来ない。なのに、琴葉が疎ましいと明言できるのは何かしらの異常性が見られるな」
杏子が道に捨てて踏み潰した吸い殻を拾い上げると、自分のタバコを含めて携帯灰皿に捨てた。
「偽善者だな、リン」
「見ず知らずの自転車を直す杏子には劣るだろう」
刺々しい言葉とは裏腹に二人の表情は柔らかかった。
真っ黒の手を互いに振り合うと、自転車を走らせた。




