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出来損ないの妹よ、オレについて来い  作者: 河島アドミ


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第十四話:優しいから冷徹なフリをする

「話ってなに? ワタシ忙しいんだけど」

応接間。もとい今は凛太郎(りんたろう)とユキの部屋。


布団を片付け、元のテーブルを挟み対面で座る小学生と大学生の見た目の二人。

いつものように凛太郎はふむ、と挟むと言葉を探した。



「ゲーム買ったの。早くやりたいの。あ、リンお兄ちゃんもやる? レースゲームも買ったんだ!」

ガキに金を与えるとろくなことにならんと立証してくれる存在だが、それはどうでもいい。


ユキとしても、部屋に呼ばれた時点であまり凛太郎と話す気はない。

"我々"として話をする時、決まって凛太郎は電子機器を全て置いた状態で二人で森に足を運ぶ。



これは相談なんだが、と前置きをする。

「実はな――オレは友達が少ないんだ」

「え、あ……うん」

「……?」

その反応は予想外のモノだった。

何故ユキが、それを知っている?


「え、今更? そんなの当たり前だよ」

「ほう――おやおやおや、なるほどなるほど」

思い返せば、ユキは特別。


通常リグニンとセルロースの高分子化合物を一瞬にして溶かした、悪魔を自称する少女だ。

圧縮された超分解酵素マンガンペルオキシダーゼを掌から放った数千kgに及ぶ触媒量に相当する、現代科学では解明できない特異な物理現象を持つ。

口ぶりからして、他にも幾つかの想像出来ない能力も備えているはずだ。


「流石は特異体質。手を繋いだ時か? アレはアレで非常に興味深いではある」

「あ、うん。全然関係ないよ。リンお兄ちゃん見たら誰でもわかるよ」



展覧会に足を運んだあの日、結局誰にも声を掛けられず、掛けもせず、おずおずと帰ってきたのだ。

思い返せば前世でも後輩や同僚を職場以外で見かけたとして、声をかける選択肢はなかった。



「ユキは友人が多いのか?」

「過去の事、ここで聞くの?」

少し意外そうに目を丸めた。


まあ、そうなる。

それはお互いタブーにしようという取り決めだ。


「オレは友達を多く作ろうと思う。どうしたらいい?」

「諦めたらいいと思う」

リソースの傾斜配分。

確かに一理あるし、揚長避短ようちょうひたんはビジネスにおいて正着だ。



「妹よ。田中ユキは負けん気が強い割に、怠惰でガサツだ。だが誰からも愛される」

しかしと付け加える。


「心理学用語でツァイガルニク効果と言ってな、ユキのような出来損ないを人間は愛する傾向が強い。残念ながらオレはその対極に位置するため、その手法が活用できない」

「そういうところだよリンお兄ちゃん」

チッ、と舌打ちを鳴らすと鬱陶(うっとう)しそうに(にら)んだ。


「所詮は役立たずか……しかし、まさにそれがツァイガルニク効果を引き起こし、愛される……なるほどなるほど、よく出来ている。もう用はない。消えていいぞ」

「リンお兄ちゃん。まずは道徳の勉強したら?」

妹は既に携帯ゲームを起動していた。


「道徳か、良いテーマだな。それでは次に、布団の上でおにぎりを食べる話を――」

「――あ! 琴葉(ことは)さんから買い物頼まれてたの忘れてた!」


逃げようとするユキだったが、捕獲に成功した。

「クソガキめ……!」

「ごめんなさーーーい! ごめんなさーーーい!」

さてどうしてくれようかこのクソガキは。



丸太を運ぶように、小さな身体を抱きかかえると、床に正座させる。

頭をフルフルと、嫌がっている素振りを身体で見せるが、全く気が晴れない。


揚長避短を許容して、また布団の上で食事をされればたまったものではない。

「……揚長避短」


中国の(ことわざ)であり、日本語で一番近いのは取捨選択だろう。

「あ」

オレは――バカだ。


「もうしないから、足痛い! もう痛い! もういいね、ね! リンお兄ちゃん大好き! ね! ワタシゲームしないといけないの。もうゲームが溜まってて――」

「ユキ。"散歩"に行こう」

「――わかった」



散歩は、二人の合図。

この時だけはユキは子供の感情が消える。



既に時刻は夜。

満月が燦々と輝き、上空の雲がいかに高速か視認させる。

照らす、ではなく輝くという表現が適切だと言えるほどに、光を灯さない夜の森ではくっきりと足元まで確認できる。

その光が偽りだと示す現世の炎が凛太郎の表情を現すと、口元から銀鼠ぎんねずの蛇が空へと昇華する。


道中、時折背後を確認したがこの海風の音で会話が漏れる心配はない。



「ワタシもちょうどリンと話したかった」

リンお兄ちゃん呼びではなく、久しぶりのリン呼び。


兄妹の仮面を捨て、今二人は対等な"1人目"と"2人目"である。


「色々考えた。ワタシは復讐をする」

少女の長い髪を浜風に吹かれ、まるでメデューサのような化け物に見える。

その宣言を聞いた凛太郎はつまらなそうに、何が変わったのかと目で訴えた。


「リン。ワタシにはアナタが必要。リンが欲しい」

「ふっ」

だから何が変わったのかと。


「リンは頭が良い。だから取引はしない。ワタシじゃリンに屁理屈で勝てない」

「ふむ」

どうやら以前の天笠花(あまがさばな)の時の対応がお気に召さなかったらしい。



「――ワタシはリンに認めてもらう。なんでもする。天笠花の力も全部見せてもいい」

「……」

今からユキに協力を提案する凛太郎として、それはうってつけの言葉ではある。



言葉ではあるが――この少女は、あまりにも"高い"。


復讐に協力すること。

それがどれほどの労力を強いられ、過酷で、仮に成就した先に何が待つのか想像は容易い。


どんな内容であれ、力を貸すのは避けたかったが――。



「ユキの話は以前も聞いた。復讐だろう。それは結構な事だ」

確認する。

ユキは小さな瞳で頷いた。


「ではオレはと言えば二度目の生を受けた以上、ユキと同様にやりたい事がある――が、前提が一つ変わった」

少女に期待の眼が灯った。


「オレの最優先事項は、この身体がオレの物なのかの確認だ」

「……?」


ユキは首を傾げた。


「オレは以前死んだ。その時の身体はもうこの世にないだろう。順当行けば火葬(かそう)され灰になっている」

依然、過去の情報の収集は出来ないので推定にはなる。

そういえば自分の葬儀費は誰が出したのだと枝葉に噛みつきそうだが、一旦その疑問はストップさせる。



「ユキ。確認だが、我々は死後、他人の身体に入り、人生の残り物を片付けようとする唯一の同士だ。ここまでは合っているか?」

「うん」

タバコの先端が強く光ると、白が空を駆ける。


「もし、オレの身体に持ち主がいるなら、返したい」

「……?」

ユキは言葉の意味がわからなかった。


「ユキ。この島には二つの小学校が存在する。今のユキの"入れ物"を知っている人間がいるかを確認したい」

そこでようやく、凛太郎の言葉の意味が少しだけわかった。


「もしオレがリンではなく、別人の身体を乗っ取っていた悪霊だった場合、オレはリンを捨て"その人間として生を受ける"」

「え――え?」

自分の現状を知る情報を探るのだと思っていた。

だが凛太郎が口にしたソレは、リンからすればあまりにも予想外な発言だった。



「なんだ? それはユキの言う道徳だろう。前も言ったが、オレは自分をリンだと自認する精神異常者の可能性を捨てきれない」

「……」

それはそうだ。

死んだと思ったら古びた神社で目を覚ました男女二人。


凛太郎が口にする通り、そんな摩訶不思議(まかふしぎ)な現象が起こるよりも人為的な作為を疑う方が正しいかもしれない。


しかし今、道徳や現象ではなく、ユキは凛太郎に対して全く別の見方をしていた。



(やっぱり、リンが欲しい――)

この男は頭が良い。


こんな異次元な状況でも、現在地と可能性を洗い出しひとつずつ潰し、ゴールへの道のりを逆算する。

完璧な合理主義者で、あまりにも冷徹。それでいて徹底主義。

周囲は眼の前の男性をそう評価するだろうが、ユキの見方は異なる。


(リンは、優しい……)

だからこそ、彼女としてもそこにつけ込むのは気が引けた。


「もしリンがリンのままで……でも、記憶喪失とか、じゃなくて、えっと……その、ずっとリンのままだったら……」

「それはそれだ。そいつの家庭。友人。職場。そこで生きる」

「……」


全く想定していなかった方針に、ユキはただ固まった。

凛太郎はそんなユキを眺めて、頷いた。


「不満に感じるのはわかる。オレに協力する事。即ちそれは肉屋を応援する豚。ストックホルム症候群になっても困る。ゆえにその場合、手切れ金を用意する」

ふるふると長い髪を揺らしながら首を振った。


「お金なんて、いらない。ワタシはリンが欲しい」


「そんなわけがないだろう。カタリとやらの情報を集めるのに調査が必要なはずだ。探偵を雇うにせよ、協力者を募るにせよ先立つものは必要だ」

「……」

確かに、と思ってしまった。


お金、即ち衣食住を認識しない子供からすれば、リンの発言は全てに正当性がある。



それでいて――フェアだ。

リンはそれだけの知識量を持ち合わせながら、決して自分の有利に立つように相手を利用しない。

もしも前世でリンと出会っていたらカタリへの復讐はとうに成就していたとさえ思う。


――逆に、このまま一人で突っ込めばまた死を迎えるだろう。



「じゃあ、もし居なかったら、リンは協力してくれるの?」

その言葉を聞いた凛太郎は(あご)に手を当てるいつもの思考のポーズ。



「リン。ワタシにはアナタが必要。ワタシが一人でカタリを探すのに十年かかるかもしれない。アナタがいればすぐに終わる」

凛太郎は少しだけ目を丸くした。


(おやおやおや)

無知な子供だと思っていたが、随分と目が良い。

或いは、懐かれたとも言えるか。



「アナタの復讐に協力してもいい。ワタシは天笠花。小学生の見た目の兵器や護衛だと思えば、リンなら上手くワタシを使えるはず」

その提案に魅力がないと言えばウソになる。


「まずは、オレがリンなのか確認するのが最優先だ」

線を引く。

それにユキは顔を曇らせるが、


「しかしオレの要望にユキが協力してくれた以上、ユキの要望にも前向きに応える事を約束しよう」

「わかった」

選択肢を持たないユキは頷いた。


ユキの見たリンの人物像は合っていた。

交渉や駆け引きではなく、強者が一方的に弱者を掌で操るのを凛太郎はあまり好まない性格だ。


「ワタシは何をすればいい?」

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