第十三話:洗練されたマーケティング戦略
ポスターにあった立派な白い建物の姿はなく、そこにあるのは潮風にやられた歴史を感じる校舎だった。
潮の匂いが、ここでも追いかけてきた。
仰々しい立派なレンガの門も年月を感じさせるほどに朽ち果て、しかしそれでも人の手で整備されているのが見て取れた。
凛太郎の予想通りの美大ではなかったが、後で小耳に挟む話によるとここの美術部は日本でも有数の名門だとか。
体育館と中庭に展示物があるらしく、人の姿は島にしては多い。
大体が在学する学生だとは思うが、ここでこれほど若い人の数を見たのは初めてだった。
「ふむ」
本来の目的を見失いそうになる。芸術は嫌いじゃない。
むしろ楽しみではあるが、しかし知見が薄いので楽しめるか少し不安でもあった。
この分野でも自分は浅学非才だと自嘲する。
会場ブースの前にある幾つかの出店。
長蛇の列が並ぶのはクレープ屋のようだった。
腹をさする。
怠惰に眠っていた凛太郎は朝から何も食べていない。
カロリー不足は思考力の低下を招く。案外高カロリーのクレープは良いチョイスかもしれない。
それに人気店の秘訣は大三元で働く者として是非押さえておきたい要素だ。
「いちごクレープ一つ。魔法、チェキもお願いします」
「はーーーーい!」
スラッとした長身の美少女はメイド姿でくねくねと唱える。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ、ラブリんキュン! 愛情注入! 萌え萌え~~、ギュギュッ! クレープクレープストロベリー★」
アイドルのような可愛く小さなダンスを踊ると、お客様と商品を一緒に持ち写真を撮った。
「あ、ありがとうございます……!」
「はーーーい! ありがとねーーー!」
天使のような笑顔でメイドさんはアイドルのように手を振った。
横の看板に書かれている料金。
『魔法:500円。お絵かき:300円。指名:300円。あーん:2,000円。チェキ:1,000円』
「次の御主人様、どうぞー」
それは凛太郎の全く知らない文化であった。
書かれている看板の言葉の意味もあまりわからない。
しかし列に並び後ろから眺める事である程度は予習はできた。
知らない単語。知らない風習。知らない文化。
ジェネレーションギャップを越えたナニカ。
ここに来てまた知らない、新しい世界。
――ただ一つだけ"知っている人物"が居た。
「ふむ。"琴葉"よ。バナナクレープを一つ頂こう」
「……………………」
笑顔のまま、メイドは固まった。
「しかしよく喋る女だな。まあ若いというのは素晴らしいな。大人になれば恥という感情が誤謬を生み、新しい挑戦に踏み切れなくなる。ただ、胸元を開くのは個人的には感心しないが、自分の長所を活用するのは流石は琴葉だ。聡いな」
「……………………」
「琴葉様のご主人様ですねー!」
別のメイドがクレープを焼き始める。
これだけ並んでいるのだから先に注文を取って作り始めればいいものを……と非効率さをバカにしたが、そうではないらしい。
屋台のプレートは一人前であり、プロパン式のコンロも一つ。
冷静に考えればこの回転率の悪さこそ、長蛇の列を築きバンドワゴン効果を生み出す。
さらには意中のメイドと触れ合える時間も増えるというわけだ。
(なるほどなるほど、よく練られている)
自分の世界から出ると、凛太郎はご指名の琴葉の目を再び捉える。
そこには笑顔を振りまくアイドルメイドはもういない。
無機質な、冷たい眼でコチラを眺める女性の姿だった。
「出来ましたー! はい、琴葉ちゃん!」
お前から直接渡せという意味だろう。
「……」
それを受け取った琴葉は動かない。
「……」
凛太郎も手を差し出さない。
あくまで琴葉から渡すのが筋というものだと勝手に解釈した。
「琴葉ちゃんのご主人様、オプションはどうしますか?」
チラリとメニューを見る。
『魔法:500円。お絵かき:300円。指名:300円。あーん:2,000円。チェキ:1,000円』
恐らく、先程琴葉が踊っていたのがこの『魔法』というのだと推察した。
凛太郎は500円硬貨を財布から一枚取り出すと、拳を握った親指の上に乗せる。
それをサッカーのコイントスのように弾くと、クレープの横に落とした。
「……」
「……」
しばらく無言だった琴葉はその500円玉を拾い上げる。
すると凛太郎と同じようにコイントスをした。
琴葉の目は光を宿していなかった。
「ふむ」
どうやら返金の意図らしい。
再びメニューを見る。
『チェキ:1,000円』
なけなしのバイト代、1,000円札を取り出す。
縦に折り、爪で綺麗に折り目を付ける。
それを紙飛行機のようにピュ、と机の上に投げた。
「…………」
琴葉の視線が千円札に落ちる。
視線を上げると、そこにはピースサインの凛太郎が無表情で待っていた。
「……」
「……」
ふるふる、と琴葉は首を横に振った。
またまたメニューを見る。
『あーん2,000円』
チッ、と舌打ちをした凛太郎。
浪費は避けたかったが、もう一枚の1,000円札を取り出し、同様に投げる。
大きく口を開ける。
「…………」
ここに「あーん」がされるらしいのは予習した経験則から間違いがない。
「……」
「……」
ふるふる、と琴葉は首を横に振った。
ふむ、と顎に手をあて、凛太郎は確信する。
「なるほど――ベルベット・ロープ効果か。よく考えられている」
ベルベット・ロープ効果。
高級クラブの入口に掛けられる赤いベルベットの紐が語源である。
誰でも入れるわけではない。――と、「自分は特別だ」「選ばれし強者だ」と特権意識を持たせる効果になる。
ここで重要な要素として、選ばれなかった者を大衆に可視化させる事で選ばれた側の優越感を最大化させる効果を持つ。
事実、後ろの男性共は凛太郎をバカにして、優越感を得るだろう。
過去にサービスを受けた者も同様に選民意識を植え付けられ、リピートする可能性も大きく高まり、さらなる利益が期待出来る。
それでいてちゃっかり利益率の高いクレープだけは売りつける狡猾さ。
「見事だ、琴葉」
「……」
美人のメイドは、虚ろな目で虚空を眺めていた。
クレープを琴葉からひったくると、目的の体育館に向かった。
その時、琴葉は人生で一番恐ろしい呟きを耳にした。
『――大三元でも魔法を取り入れるか』




