第十一話:人間は難しい
「田中。お前短期のバイトで住み込みって話だったよな」
ああ、と答える。
ランチ営業を終え、店主と一緒に一服するのはもはや凛太郎の日課であり、ある意味労働後のタバコは一番の褒美とも言える。
裏庭の木のフェンス越しに夕方の光が斜めに差していた。
店主は何かを探るように表情を作るが、何も思い浮かばなかったのか料理ハットを外し笑みを作った。
「俺がもうちょっと居て欲しいと言っても……ま、お前の性格なら断るか」
「いや、そうでもない」
その予想外の返答に店主は凛太郎の表情を覗き込んだ。
いつもの凛太郎は冷たい声で言い放つ。
「貸し借りは嫌いだ。今回、オレ達は稲村家に対し衣食住を提供してくれた多大なる恩がある。それを少しでも返せるというのは、オレ個人として出来る限りその期待には応えたい」
「やっぱお前わっかんねえわ」
ガシガシ、と火種を消すと店主は次のタバコに火を付けた。
喫煙者だけにわかる、もっと話したいのサインだ。
「俺が大学の頃な、お前みたいな頭がキレる真面目で優秀なヤツが一人居たんだ。そいつは学生から起業してな、今じゃ上場して大金持ちだ」
「よくいる学生起業か」
「今の時代はそうらしいな。俺も自分で店回して初めてわかったが、バイトと社員は違う。でもって、社長と社員も違うってことさ……っとっと」
「独り言だろう。構わんよ」
凛太郎が低賃金でも衣食住、さらに妹も頼むと頭を下げてきたが、一つだけ突きつけてきた条件。
『我々の過去を一切詮索するな』
店主としても凛太郎同様に人の過去には興味がないので簡単に受け入れたが、ここまで変わっている人間だと自然と興味も出てくる。
「お前達のおかげで、今月はかなり売上がいいんだ」
そう言うと財布の中から一万円を取り出した。
「遊びに連れてってやれ」
ふむ、と首を傾げてそのお金を受け取るが、結局主語がわからない。
「店主の娘である琴葉か? それともオレの妹か? 或いは店主をか?」
俺はやっぱお前がわかんねえと、何度目かもわからないわかんねえを頂いた。
その後、名前が挙がった自分の娘の名を呟く。
「琴葉はその……どうだ?」
歯切れが悪く、伺う。
凛太郎はその言葉の続きをジッと待つ。
どう、とはなんだと。意図が汲み取れない。
田中リンという人間を少しはわかってきた店主はうーん、と考える。
「あいつな、中々彼氏連れてこないんだ。……モテないのか?」
ふむ、と顎に手を添えるいつもの凛太郎のポーズで考える。
「顔も良いし乳もある。身長もある。容姿はかなり良い。男からみればそれだけで十分。加えて性格も真っ直ぐで素直だ。ここでさらに頭も良いときた。異性のオレから見ても理想的だろうが……」
「だろうが?」
ゆっくりと凛太郎は頷いた。
「琴葉は目が良い。HSP(高感受性)の類か知らんが、人の善悪の感情を観察する能力に長けている。悪い意味でな。あれは伴侶を探すのに苦労するぞ」
「はっは、面白いな。なら田中、お前も相当目がいいじゃねえか」
「ただの経験則だろう」
なんせ人生二周目とも言うべきか、40代の知見があればこれぐらいはどうと言う事はない。
二周目の知識を見せつけるように、タバコの煙で丸い輪っかを作って空に浮かべる。
40年の成果を見せつけようと爪痕を残そうとしたのがコレかと、くだらなすぎて笑えてくる。
「ならアイツも遊びに連れて行ってやってくれねえか?」
「フッ。ククク、随分と損な役回りだな。もしセックスすれば琴葉の父親にこっぴどく怒られるのだろう。オレは思うのだが、種の保存に背く、セックスできないメスに貢ぐオスの行動原理が理解できない」
「安心しろ田中。俺もお前の事は何一つ理解できねえ」
なるほどなるほど。
人間というのは難しいものだな。
店主は愉快そうに微笑み、灰皿の縁でタバコをトントンと叩いた。
その微笑みは確かに琴葉の面影を感じた。
(……ふむ)
稲村琴葉。
確かに考えた事はなかったが――少し、思考の要素に入れてもいいかも知れない。
(あの女――何かに気付いたな)
普段と全く変わらぬ素振りを見せる琴葉であったが、言語化できない違和感を凛太郎は確かに把握していた。
始めから、ではなくある日からの変化だ。
スマホで何か勘づいたか、もしくは天笠花のなにかか……これだからクソガキはリスクだ。
と、そんな思考は後回しだ。今は眼の前に店主が居る。
男二人で家族の雑談をする、これ以上はないチャンスだ。
「遊びと言えば――ユキは祭が好きだったが、そういうのはあるか?」
「祭? 今は二月だぞ」
そういえばそうだったか。
如月。衣更着と呼ばれる、読んで字の如くいっぱい洋服を着ろと。
まあ寒いと言われるこの時期、それほどの寒さを感じないのはここは九州か南国方面かもしれない。
「しっかしどうしたお兄ちゃん。急に妹の面倒見るのか」
「からかわないでくれ。ユキは大切な妹なんだ。使えない無能だが、それが可愛いと思うのが親心というものだろう」
うちの琴葉は使えるぞ、と娘自慢が始まる。
普段口数が少ない店主であっても、自分の娘の話となればおしゃべりになる。
凛太郎はウンウンと相槌を打ちながら会話が途切れるのを待つ。
そして伏線から繋げる本題の問い。
「祭と言えば、そういえばこの島に巫女はいるのか?」
「巫女? 聞いた事がないな」
聞いたことがない。
由緒正しき血統の島民が、巫女の存在を知らない。
本来、サンプル一件で確定させるにはあまりにも杜撰だが、
事この事例に関しては十分だ。
――巫女は、この島には存在しない。
(これは確定だな)
あの女は――3人目だ。
「お参りとかもユキと行きたいな。有名なスポットはあるのだろうか?」
「おう。港の近くに――」
長々と聞いたが、なんでも海の近くに街一番の社があるらしい。
商売繁盛の神社で、漁業を中心に街の商人がこぞって豊作を願うとか。
予想と異なる回答も、興味があるようにうんうんと道順を伺いながら聞いていく。
「商売繁盛はオレ達にはあまり縁がないな。他に祈願は……そもそも他の社はあるのか? 山の方なんかそういうのありそうに見えるがどうだろう?」
「どうだろうなあ……まあ、あるんじゃねえか。ここ、日本だし」
別にあの白銀神社が禁忌とされているような素振りは見えない。
嫌悪されているわけでもなく、認知度も低い。
店主のリアクションからは特別感は伺えない。
輪廻転生の凄い伝承でも聞けるならまだしも……まあ、こっちはまだまだ断定はできないか。
巫女は存在しない。
しかしあの白銀神社が特別な言い伝えや伝承を持っているようには聞こえない。
「で? 今夜はどっちの女と何処にデートするか決まったか?」
「何を言っている? 今夜はトイレの壁の貼り替えだろう」
ああ……と、店主は今更ながら思い出した。
そういえば田中と喋っていたんだな、と。




