兄弟と姉妹
人間からの攻撃を阻止し、テ・イカと海族の救出に成功したマウイ神達であったが、ひと際目立つ巨大な艦隊の上にマウイ神の兄キワの姿を捉えると緊張が走った。
「兄さん」
形勢が不利な場面になっても尚、不適な笑みを浮かべるキワの態度に、奥の手があるようで一同再び戦闘態勢に入るが、上空から急速に近づいてくる巨大なマナにマウイ神は見上げた。
「キワちゃ――――んっ!」
「へ?」
自分の名を呼ぶ声にふと顔を掲げようとした時には既に、落下してきた誰かがすっぽりとキワの両腕に収まった。
「母上?」
「会いたかったぁよ~ん」
月の女神ヒナは自身の頬をキワの頬にこすりつけると満足そうな笑顔をつくる。
「この度は母上を危険な目に合わせてしまい・・ 申し訳ありません」
「怖かったけどねぇ、ママ元気だからいいのよぉ」
キワに抱っこされていた身体を軽やかに下ろすと、ゆっくりと両足を地に着ける。
「ご無事で良かった」
「どうせアロハに、そそのかされたんでしょ」
キワの鼻を優しくつまんだヒナは、少し困った顔をする。
「母上、その髪色・・・ 人間にされたのですね・・ お労しいお姿に・・ 私のせいです。申し訳ありません・・ マウイを滅ぼした後は煮るなり焼くなりしてください」
「え、いや~だ。キワちゃんはこの髪色嫌いなの? マフイカ様に染めてもらったんだけど」
指で長い赤い髪をクルクルとさせながら残念そうな表情を浮かべる。
「え? マフイカ様が?」
「そんなことより、キワちゃん、めっ!」
ヒナは口を思い切り膨らませると怒った顔をキワに向ける。
「いつまでマウイちゃんを虐めるの。あなたは長男でしょ。弟は可愛がらないと。ほら」
ヒナはそう告げると、辿り着いた孤島上で心温まる雰囲気を醸しだすカイとランギを指差した。
「兄弟って、ああじゃなきゃね」
「しかし、私は・・・」
「兄さん」
キワとヒナの前に静かに現れたマウイ神は、跪くと首を垂れる。
「キャ― キワちゃんとマウイちゃん、二人揃って会えるなんて夢みた―い。ママ嬉しい!」
胸元で両手を合わせたヒナは、目をパチクリさせながら大きな笑みをマウイ神とキワ交互に向ける。
「マウイ・・ 半神であるお前が疎ましいんだ。お前は母上や弟達の望みを難なく与えられる。俺は長男でありながら、いつも惨めな思いをしていたんだ」
キワは唇を噛み拳を強く握るとマウイ神に険しい視線を投げる。
「兄さんの気持ちも汲まず勝手な行動をしてしまい、申し訳ありません」
マウイ神はカイから教わった謝罪の姿勢を兄キワにも向けると、頭を深く下げた。そんな弟の変化が、キワの心をざわつかせる。
「でもねぇ~キワちゃん、でしゃばりタマ(太陽神)を、とっ捕まえてママ(月)の出番を多くしてくれたり、マフイカ様から火を貰ってくれたり、人間の生活はマウイちゃんのお陰で楽になったでしょ。もう許してあげてぇ~ ねぇ~ でなきゃ、ママ心配で月に戻れない」
ヒナは目元に指をあてると流れでていないが、涙を押さえるフリをする。
「母上・・・ 母上を悲しませるつもりはありませんでした。申し訳ありません」
キワはそう告げると、自分の前で登場以来、頭を下げ続けるマウイ神の肩に手を置き、立ち上がらせようとする。
「兄さん。許していただけるのですか?」
「許すも何も、母上の仰る通り、お前は俺たち人間の暮らしを楽にしてくれた。分かってたんだけどな。逆恨みをして済まなかった」
立ち上がったマウイ神に対してキワは軽く頭を下げる。
「キャ―― 素敵ぃ! 仲良しこよしね」
手を叩き飛び跳ねて喜んだヒナは息子二人を同時に抱きしめ頬にキスをするが、すぐに溜息を落とした。
「今度はママの番ねぇ」
「母上」
マウイ神はヒナの望みに応えるようにコクリと頷いた。
「ウルタプ」
名を呼ばれたウルタプは、モアナと共にアロハを連れて船上に登場する。
「アロハ」
「姉を呼び捨てにするな」
アロハは吐き捨てるように告げると顎を上げてヒナに反論する。
息子たちとの再会に胸を躍らせていたヒナであったが、姉アロハを前に黙りこむと暗い影が下りる。
波の音が辺り一面に響くだけの静かな時間が流れた。
「私は姉様と代わりたい。こんなに可愛い息子たちから離れて一人で月の番をするなんて寂しいものよ」
「けっ! この星を好きにできる。女神と敬われる。それ以外に欲しいモノなんてないわよ」
蔓で拘束されているアロハは、不機嫌そうな顔をあらわにすると、その場に座り込んだ。そんなアロハを眺めてたいヒナはマウイ神に合図を送ると、アロハに巻き付いていた蔓が消失する。やっと拘束から解放されたアロハは、身体をほぐすように首を左右に倒し肩を上下すると手首も回した。
「で、私をどうするつもり? 殺すの? でなきゃまた悪いことするかもよ」
人間を利用しても、月の女神の座を奪えなかったアロハは、半ば諦め気味に言葉を吐くと奇妙な笑顔をつくる。
「姉様・・・あんなに素敵なダーリンと子供ちゃん達から美月さんを奪えないわ」
「美月? ああ、この身体ね。あんな退屈な家族、どうだっていいわよ」
能面のような顔のアロハがそっぽを向いた時、強い風が甲板に舞う。
「嘘だっ!」
フアの風で船上に辿りついたカイは開口一番大声で叫んだ。
「みっちゃんは、竜おじさんに結月と壮星を心から愛してるだろ。どんなに仕事で忙しくても、いつも美味しい料理を作って、壮星が泥だらけ帰ってきても文句も言わず洗濯して、結月には優しく裁縫を教えてさ、母ちゃんっていいなって、ちょっと羨ましかったんだ。結月も壮星もみっちゃんのこと信じて待ってる。だから俺と一緒に迎えに行こうよ」
カイは結月達の姿を思い浮かべると締め付けられるような胸元を掴みながら、必死でアロハの中にある美月に訴える。
「カイちゃんは本当に可愛い子ねぇ~」
ヒナは肩を上下させ呼吸を整えるカイを強く抱き締め頭を撫でた後、アロハの元に歩み寄ると、人差し指で眉間を軽く叩いた。
【パチンっ】
「痛いわねっ!」
「みっちゃん、ふふふ。ちゃんとお母さんしているじゃない」
「何よ」
口を尖らせるアロハを包み込むようにヒナは優しく抱き締めると、アロハの目から涙が零れ、ヒナももらい泣きをしてしまう。
船上に抱き合うヒナとアロハの泣き声が響くと、空や陸海の生き物達の注目を浴びた。
「グスン、分かったわよ。あの子たちの元に帰るわよ」
向き合ったヒナとアロハは同時に胸元から出したハンカチで鼻をかむと、笑いが零れた。
「一件落着だわ」
ヒナは両腕を高く掲げると万歳をする。
「母上、よろしゅうございました。それでは失礼させていただきます。母上さま、どうぞご自愛くださりますよう」
マウイ神は軽く頭を下げると、その場を立ち去ろうとするがヒナに腕を掴まれる。
「どこ行くの?」
「ババ様と約束をしましたので」
そう告げたマウイ神のもとにカイが歩み寄った。
「俺も行くよ。約束だからさ」
カイは深く頷くとマウイ神に強い覚悟を見せた。
そう、マウイ神は自分の力をハワイキの主であり祖母であるヒネから返してもらう条件に、全てが解決した暁にはハワイキに戻ると、カイと共に約束したのだった。




