テ・イカ
黄泉の国ハワイキにいる祖母ヒネと同様にマウイ神にとっては苦手なマフイカが司る火山島ホワイトアイランドに到着した一行は、月の女神の救出が困難だろうと危惧していたが、幸運にもそれらは杞憂で終わる。マウイ神自身が拍子抜けするほどにスムーズに事が進み、難なくヒナをフアの風で月に返還することに成功する。
「あんな風にうんむも言わさずにヒナ様を月に送っちゃって良かったのですか?」
紫色の長い髪をかき上げたフアが、戸惑った表情をマウイ神に向ける。
「問題ない。急ぐぞ」
母を見送るために見上げていた顔を下げたマウイ神が簡単に応えると、マフイカと一度目を合わせ頭を深々と下げた。
「この度は大変お世話になりました。今は先を急ぎます故、改めて御礼に伺わせていただきます」
カイと僕達も礼を述べるマウイ神に続いて頭を下げ、口々にマフイカに礼を述べる。
「カイ、俺様とイーストコーストに行くか?」
「うん、もちろん」
即答のカイにマウイ神はニコリと笑うとカイと同化する。
「え? どういう事・・・うわっ!」
マウイ神はポウカイ(大鷲)に変化すると一気に大空へ羽ばたいた。
「この方が、空から全体の様子を伺える。急ぐぞ」
「うんっ! うわっっあ!」
矢のように疾駆するなかで、カイは周辺の様子を観察するなど不可能だったが、初めて鳥のように大空を舞うのは気分がよく心を弾ませた。
「楽しいか?」
「うん。景色は線のようにしか見えないけどね、はは」
「慣れてきたなら飛ばすぞ」
「へ? これ最高速度じゃないのかよぉ――」
超高速で飛翔するマウイ神にさすがのカイも喜んではいられず目を回しそうになったところで突然停止する。
「止まらなくても、俺、だ‥大丈夫だよ」
自分のために停止したのかと考えたカイは、フラフラな気分になりながらもマウイ神に話しかけるが、連続する爆発音にハッとする。
「結界が壊れたか・・ しかしバリアで保護しているようだ。でかした」
そう呟いたマウイ神は、そこから瞬間移動でイーストケープに着地したが、カイはまだ空を飛んでいるものだと思い、手を羽ばたかせていた。
「マウイ様・・・ お久しぶりでございます。お会いできて恐悦至極にございます」
イーストケープに辿り着いたマウイ神を出迎えたのは、ナティ・ポロウ族で感極まった表情をマウイ神に向ける。
未だ揺れ続けていた大地にカイはよろめくと、ようやく鳥のようにバタバタさせていた両腕を止める。すると、ナティ・ポロウ族の一人と目が合った。
「は・・ははは、到着してたんだ」
顔を赤く染め人差し指で恥ずかしそうに右頬をかくカイに、ナティ・ポロウ族の熱い眼差しが集中する。
「マウイ様の蘇りにご尽力いただきまして誠に有難うございます」
そう告げると部族一同、カイに深々と頭を下げた。
「え? いやいや、俺は大したことしていないので・・・うわっ」
先ほどよりも強い揺れが頻発になり、カイはまたフラついてしまうと、マウイ神に支えられる。
「テ・イカのもとに行くぞ」
「ご武運を」
マウイ神はナティ・ポロウ族に応じるように軽く首を縦に振った後、再びカイと同化しポウカイに変化するとカイに断りもなく頭から海へと突っ込んだ。
「え? ちょっと、鳥は泳げないよぉ―― ギャ――」
思いもしないマウイ神の行動に慌てて鼻をつまむとカイは、肺一杯に空気を貯め込んだが、海に入った途端、深海の輝きに包まれたため思わず口を開けてしまう。
「うわっ」
口から零れ出た空気をかき集めようとするカイから乖離したマウイ神を誰かが迎える。
「マウイ殿、こんなにも早くヒナ様を月に戻していただき感謝します」
「兄貴っ!」
マリエとともに登場したランギに意思を奪われたカイは思わず叫ぶと、海中であっても酸欠していないことに気付いた。
「カイ。よく来てくれた」
「兄貴」
無傷の兄ランギと再会できたカイは、胸が熱くなると、ためらう事なくランギの胸に飛び込んだ。
「潮流が復活し海の環境は改善しつつあります。またヒナ様が夜にしてくださったお陰で我々海族がテ・イカに結界を張っています。だが危機を脱したわけではありません。人間が執拗にテ・イカを攻撃しています。マウイ殿お急ぎくだされ」
「承知した。カイ、お前は残れ」
「嫌だよ」
そう告げたカイはマウイ神に飛び込むと同化することに成功する。
「俺もテ・イカを助けに行くぞ」
「お前というやつは。分かった。しかし人間が相手でも容赦はせぬ。いいな」
カイは一瞬返事に戸惑ったが、起きうるであろう未曾有の大災害を防ぐため心を決めると深く頷いた。
「カイ、俺も行くぞ」
ランギがマウイ神の中にあろうカイに呼びかけると、マリエとカイの手を取った。その瞬間、マウイ神諸共に一瞬でテ・イカのもとに辿り着く。
「テ・イカ、遅くなってスマナイ」
カイが辿り着いた先は、まるで地獄のようだった。先が見えないほどに汚染された海には異臭と無数のゴミが漂っており、海中であるとは信じられない光景にカイは目を疑った。また無数の傷から溢れ出る血が止まらない大魚を潜水艦の攻撃から守る海族でさえ既に瀕死状態であった。
衰弱しきっているテ・イカは、目を開けることすら辛そうであったが、マウイ神の呼びかけに、薄っすらと瞼を開き応じるが、言葉を発するマナは残っていなかった。
マウイ神はテ・イカの頭に手を置くと、眉間にシワを寄せて目を閉じた。
すると、辺り一面を金緑の光で包み、崩壊してしまった結界をみるみると修復するのと同時に、テ・イカのマナも補充される。また瀕死状態であった海族達も徐々に目力が戻りはじめた。
「マウイ様、遅くなりました」
「微力ながらご尽力させていただきまする」
「モアナとフェヌアか」
テ・イカの快復と結界の修復に集中していたマウイ神は目を閉じたままでモアナ達に応える。
「ウルタプとフアは地上から人間を抑えてくれているようだな」
「はい」
「拙者どもは、あ奴等を止めまする」
「よろしく頼む」
「ははぁ」
モアナとフェヌアは同時に頭を下げると、すぐさま潜水艦の攻撃を阻止するため行動に移った。
フェヌアは砂を巻き上げ潜水艦の視界を塞ぎ、モアナは海の生き物を操り潜水艦を陸へと追いやった。また地上からはフアが渦潮をつくり海面から攻撃していた戦艦を沈没しない程度に戦闘不能にし、ウルタプは無数の鳥達を操って石などを戦艦に落下させると同時に船を海藻で覆わせる。
テ・イカと海族の復活に伴って大地の揺れが停止し、海の環境も浄化されつつあった。
マウイ神の僕達は決して人間たちを殺すことはせず、勝機だけを奪い撤退を促すが、大きな艦隊が彼等の逃避を阻止する。その船の先端にはマウイ神の兄キワの姿があった。




