月の女神
姿勢を低くおずおずとマフイカに謝罪したマウイ神であったが、美しい声に顔を上げるや否や、マウイ神の顔に頬ずりをする女性が彼の身体に纏わりついていた。
「だ・・・れ?」
あまりにも濃密な女性の登場に、カイはあたふたしてしまうと、ちらりと横目で見つめられる。
「もしかして、器ちゃん? いやだぁ、きゃわいい」
【このテンション誰かに似てる】
カイの頭上に太陽の女神タマの顔が浮かぶ。
「母上、お初にお目にかかります」
「え? お初?」
「マウイちゃん、いやよぉ、そんな他人行儀なの。ママ悲しくなっちゃう」
そう告げたマウイ神の母ヒナは、更にマウイ神に絡みつくと身体を密着させる。
「初ってどういうこと?」
「いやぁん、初じゃないわよ。マウイちゃんを海に投げ捨てた後もぉ、ちゃんと見てたんだから」
「はぁ。ご命令だけは承っておりました」
「ちょっと待って海に投げ捨てたぁって!」
カイは外れそうになった顎を慌てて支えると、マウイ神とヒナの会話に割り込み衝撃的な発言に突っ込みを入れながらも何かを思い出す。
「そういえば、マウイ神の神話でそんなの聞いたことがあるけど、マジか・・・」
「お前もそうだろ」
「は?」
「残念ながら俺様の器は皆、母親から捨てられるようだ」
「ちょっと待って・・・」
あまりにも唐突なマウイ神の告白にカイの心臓が飛び出そうになるが、ふと昔よく見た悪夢を思い出す。
【海辺に居たあの女性と赤ん坊はマウイ神だったのか? それとも俺か?】
母に捨てられたかもしれない事実に胸が痛んだが、優しい父と兄のお陰で幸せだった人生に嘆くことはなかった。
「そんなことよりも母上、どうしてここに?」
「あ、それねぇ。変な人間に攫われて、変な実験とか投薬とかされちゃって。ママとっても怖かったのぉ」
ヒナはそう告げると両手で顔を覆い肩を左右に揺らす。
「そうですか。それで何故ここに」
「いやっ、マウイ、母ちゃん大変だったんだから、そこはもっと優しく」
痛いような親子の会話にカイはアタフタとしてしまう。
「そうか・・・ それは母上大変でしたね。でもご無事でよかった」
マウイ神は目をウルウルさせると、怖いくらいの笑顔をつくる。
「キャー、マウイちゃん、心配させてごめんね。ママもう大丈夫だからね」
ヒナは再びマウイ神を両腕で包み込むと、豊な胸にマウイ神の顔をうずめさせる。
「ごほっ、それ・・で、何故ホワイト・・アイランドに」
窒息しそうなほどに強く抱き締められながらも、マウイ神はなんとか言葉を吐いた。
「あ、それぇ、ちょっとした隙に逃げたの。でも実験とお薬でマナが枯渇しちゃってて、近くの島までしか行けなかったんだけど、たまたま、それが火山島でぇ、たまたまマフイカ様がその島に遊びに来ててね~ ラッキーでしょ。で、月に帰るためにここでマナの充電をしてたってわけ」
ヒナは、マウイ神の鼻を人差し指で数回優しく撫でる。
「なるほど。理解しました。ではフアの風で月へお送りします」
「げっ! フアちゃんの風嫌ぁ~い」
「ぷっ」
カイはタマと同様のヒナの態度に吹き出してしまうが、マウイ神の厳しい視線に姿勢を正す。
「人間とアロハ・・あとキワの企みでテ・イカも海族も弱っております。このままでは大地が沈んでしまいます。加えて月族にもアロハの手のモノが入り込んでいます」
マウイ神の肩に頭を乗せ身体に絡みつく母に真顔で告げた。
「キワちゃんもアロハも懲りないよね~ あと、あの子よね、イヨちゃん。月狼まで手懐けちゃって、困った子よねぇ」
ヒナは、マウイ神の胸元に人差し指でクルクルと円を描く。その姿はまるで恋人同士のようで、カイは母親に対しての定義に疑問を抱くと首を傾げた。
「月が侵されぬうちにお戻りください」
「もうちょっとしたらね。やっとマウイちゃんの身体に触れられたのだ・か・ら」
ヒナは瞼をパチクリとさせながら、猫なで声をあげる。
「このままでは、最悪の場合、タンガロアの逆鱗を触れかねません」
事の重大さを理解していない母にマウイ神は、一つ溜息をつくと語尾を上げて強く訴えた。
「タンガロアが暴れたら困るわい。ヒナ、早よ月へ帰ってテ・イカを助けたれ」
今まであまり関心を示さずに淡々とマウイ神達の会話を、大地に横になりながら聞いていたマフイカだったが、タンガロアの名に反応すると身体を起こした。
マフイカに助け船を出されたマウイ神は、タンガロアに軽く会釈する。
「分かったわよ、じゃあ、ご飯を一緒に食べたらね」
ヒナはポンっと手を合わせ、自分のアイデアを自慢げに告げると満足そうな笑顔をつくる。
「飯ですか? 人間の食べ物など口にされないですよね」
「それがねぇ、檻に入れられてる時に時々ご飯が出てきて、油っこいのは臭くて嫌だったけど、スープって言うの、あれは結構美味しかったからぁ・・・ ツイツイに作ってもらいましょ」
そう告げたヒナはウルタプの姿を周辺に探す。
「ウルタプにはアロハを見張らせています」
「じゃあ、そこに行きま・・」
「母上っ!」
「ヒナっ!」
長々と続くお喋りに我慢が沸点に達したマウイ神とマフイカに、同時に怒鳴られたヒナは、口を尖らせて拗ねて見せる。
「母上にお会いできたこと心から嬉しく思います。俺様も母上から離れるのは胸を割かれる思いですが、どうぞお力をお貸しください」
マウイ神は右腕を胸にあて、凛々しい顔をヒナに向けるとゆっくりと頭を下げた。その態度にヒナの両目がハート型に変わると、マウイ神の手を両手で包み潤った瞳を浮かべながらお喋りを続ける。
「マ・・ウイちゃん、私も離れたくないのよ、信じて。でもね。皆を助けないとね。月の女神だからね・・ それに可愛いマウイちゃんの頼みだもの、ママ頑ばっち・・」
「フア」
やっと心を決めたヒナの言葉を最後まで聞くことなく、マウイ神はフアに合図を送る。
「では母上、ご多幸を祈っておりまする」
「えっ! いやよ、マウイちゃん、や――――」
瞬く間にフアの風に包まれたヒナはアッという間に宙に浮くと、月へ目掛けて旅立って行った。




