ホワイトアイランド
通常であれば激しく白波を立てる海洋が、不気味なほどに穏やかななかをイーストコーストへ向けてモアナのワカを急がせていた。
「モアナ」
突如、マウイ神に名を呼ばれたモアナは瞬時に赴くと頭を下げる。
「マウイ様、どうされましたか?」
「ホワイトアイランドに行くぞ」
その場に居る誰もがテ・イカの救助にイーストコーストへ行くのだと考えていたため、ポカンと口を開けるのはモアナだけではなかった。ただ一人、アロハだけは、マウイ神の決断に舌打ちをすると苦い顔をする。
「アロハ、母上はホワイトアイランドだな」
「ふんっ! 教えるわけないでしょ」
未だ蔓でぐるぐる巻きにされているアロハは、足をジタバタと暴れた後に不機嫌そうに鼻をならすと、そっぽを向く。
「それが答えだな」
マウイ神はアロハの反応に、自分が僅かに感じた母のマナがホワイトアイランドからだと確信すると、マリエと目を合わせる。
「マリエ、済まんが、母上を先に助けに行く。母上の力を借りて、潮流を正常に戻すのが先決だ。その方がテ・イカを確実に助けられる」
「マウイ殿の言う通りかもしれん。ただ時間がない。二手に分かれましょうか?」
「そうだな。悪いが人間の攻撃から、テ・イカを守ってやってくれ」
「あい、わかった。ランギ、あなたは弟君と残りなさい。ここからはとても危険です」
マリエはランギを説得にするようにソフトな口調でランギに語りかけるが、ランギは首を縦には振らず跪くとマリエの手を取った。
「どうぞお供させてください。人間が相手ならば必ず力になれます。救っていただいたこの命を貴方様のために使ってください」
「あんたのアニキは随分とスケコマシやな」
ウルタプは肘でカイの脇腹を小突くと楽し気に笑った。
「ははは、だなぁ。マリエ様、兄貴は頑固です。こき使ってやってください」
カイの本心は、また兄と離れることに身を切られる思いであったが、兄が命の恩人であるマリエに対して深い恩義を感じているのも理解していた。自分が早く月の女神を救いだすことが、兄の力になれると考えることで、カイは気持ちの切り替えをする。
「そうですね。人間の対応にはランギ、貴方が必要です。では急ぎますよ。マウイ殿、ご武運を」
「そなたもな」
マリエは軽くマウイ神に会釈をすると、ランギと共に姿を消した。
「皆、便利な能力を持ってるよね」
一瞬で消えたランギの残影を寂しそうに眺めながら苦笑いをする。
「海のある場所なら自由自在だ。ランギにもその力を与えているようだ」
「そうなんだ・・・ 俺の兄貴、かっけえな」
カイは鼻を擦りながら自慢げに兄を称えると頬を緩ませる。
「マウイ様、到着しました」
「さてと、どうするかな」
「母ちゃんを助けに行くんだろ?」
カイはマウイ神の母、ヒナを助けに行く気満々であったため、腰を折られた気がして眉をひそめた。
「さぁ、どうするんだろうね~ククク」
先ほどまで不機嫌だったアロハは不敵な笑みを浮かべるとマウイ神を鼻で笑う。
「どういう意味だ」
「そこの男には敵が多いからねぇ。マフイカ様って知ってる? 火の女神」
カイは聞き覚えのある名に必死に脳細胞を活動させる。
「あっ! マオリ族とかポリネシアの神話に出てくる。確か、マウイが大事な火の指爪を盗んだんだっけ? だからすごく怒ったって」
「貰ったんだ」
マウイ神は腕組みをするとカイの知識を即訂正した。
「貰ったのなら怒ってないだろ? とにかく急ごう、祖母ちゃんも大丈夫だったんだからさ、何とかなるって。ホラホラ」
事情をよく知らないカイは、楽観的な意見をマウイ神に投げかけると、行動を急かすように手を2度叩いた。
「そう・・だな。カイと一緒ならば切り抜けられるだろう」
マウイ神は固まっていた身体と考えを動かすと陸に上がるようにモアナに合図を送る。
カイ達が到着したホワイトアイランドは、マオリ族に『ドラマティックな火山』と呼ばれる北島のプレンティ湾に浮かぶニュージーランドで最も活発な火山島である。以前はヘリコプターやボートで島へ上陸し、防毒マスクを着用して噴火口付近を歩く『火口探検ツアー』が人気であったが、2019年に発生した大規模な噴火により多くの観光客に死傷者を出したため、安全管理が厳格化された現在では安全な距離を保った上空からの遊覧飛行でのみ観光が可能となっている。
アロハの見張り役にウルタプとモアナをワカに残し、マウイ神達はフアの風でホワイトアイランドの噴火口近辺に辿りついていた。
「ホワイトアイランドって危険なんだよね」
「マフイカ様が活動的だからな」
まるで沸騰しているポットのように、白い湯気が勢いよくあがる島から脈動的な力を感じたカイの鼓動が早くなる。
「やっと来よったか、クソガキ」
マウイ神の全身に鳥肌がたつとその場で硬直してしまうが、カイの捉え方は異なり、声の主の方へ振り向いた。
「マフイカ様ですか? 初めまして。俺、今回のマウイの器、渡真利カイです。よろしくお願いします」
燃え盛る炎を纏った火の女神マフイカを前にして恐れることもなく淡々と自己紹介を終えると姿勢よく一礼する。
「うっがはははは。今度の器は面白い奴だの。気に入った」
そう告げたマフイカは、身を包んでいた猛火を鎮火させると、赤い布を纏い赤毛で赤い目を持つ老婆が現れた。
『キーンキーン』
甲高い声にカイは上空を見上げると巨大な火の鳥が2羽、主を守るように旋回している。
「かっけぇ~」
カイは思わず心の声を零してしまう。
「我の相棒じゃ。可愛いじゃろ」
「うん」
目を輝かせたカイが勢いよく返事をする。
「マウイよ。いつまで固まっておるのじゃ?」
「は・・ははぁ」
一つ深呼吸をしたマウイ神は覚悟を決めたように振り返るとマフイカと向き合う。
「ほら、挨拶。それに怒ってると思うなら、謝っちゃえ」
隣に立つマウイ神にそう耳打ちをしたカイはウィンクをした。
「マフイカ様、その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたっ!」
カイに触発されたマウイ神は、すぐさまマフイカに深々と頭を下げると大声で謝罪する。そんなマウイ神の姿に驚いたマフイカは腰を抜かすと、その場にしゃがみ込んでしまう。
「マフイカ様」
モクモクと立ち込める湯気の向こうから、火の女神の名を呼ぶ美しい声がした。




