最終話 旅の果て
祖母ヒネとの約束を果たすため、カイとともにハワイキへ戻ろうとするマウイ神を、母でありヒネの娘であるヒナが彼の腕を掴んで止める。
「約束ぅ、あ、それね。もういいんじゃないかしら」
マウイ神の腕に自分の腕を絡ませたヒナは、首を傾げ人差し指を顎につけると、自分のふくよかな胸元に手を伸ばす。
「だって、ほら」
胸元から取り出したのは、スマートフォンで画面が明るくなると、ヒナは手慣れた手つきで操作する。
「スマホ、女神がスマホ持ってる」
驚いたカイは、声を弾ませて反応する。
「えぇ、カイちゃんも持ってるでしょ? マストアイテムじゃない」
ヒナがそう応えると、マウイ神をはじめ、僕達がスマホを掲げた。
「旨いモノ探すのに便利やろ」
「ゲームが好きでござる」
「自分はユーチューブだ」
「アタシはBL漫画、フフフ」
僕達の反応に、カイは吹き出してしまうと腹を抱えて笑った。
「だったら、スマホで皆を探せただろ」
「ムーンリンクだからな。使えん」
マウイ神が遠慮気味にカイの耳元で囁くと、カイの頭上に?が浮かぶ。
「でねぇ~ ほら」
マウイ神に寄り添ったヒナはスマートフォンの画面を見せる。
そこには、ピースサインをする二人の年配女性が映っていた。
一人はパンツスーツに真っ赤な2羽の火の鳥型ブローチを付けた赤毛の女性で、もう一人は刺繍の綺麗な黒のワンピースと蛇型のネックレスをつけていた。どちらもスーツケースを持ち、空港ロビーをバックグランドに撮られた写真だった。
「この方々は・・・もしや、ババ様とマフイカ様?」
「そう、何かね、マウイちゃんが復活したなら、地球は安泰だから旅行に行くんだって。良いわよね~ 月が落ち着いたら合流しようかしら」
ヒナは楽しそうに微笑むババ達の顔を眺めながら頬に手をあてると笑みを浮かべた。
「では、処分は?」
「処分? もう、いいんじゃない。全然怒ってなんかなかったわよ。カイちゃんが可愛いって盛り上がってたわ」
身体を左右に揺らしながらそう語るヒナを横目に、マウイ神はカイの様子を伺うと、右親指を立てて満面の笑みを浮かべていた。
「これで旅も終わりだな。マウイ達はどうするんだ? アリの別荘まで送ってもらえると助かるんだけど」
テ・イカ達の安全を確認したカイは、レイノルド達が待つグレイトバリア島へ早急に駆けつけたかったが、自分の役目が全て完了したカイは、若干遠慮気味にマウイ神達に尋ねていると、再び誰かが空から降って来た。
「ヒナ―――っ!」
「あら、何の用かしら」
無数の鳥が顔と身体を覆う珍妙な生き物が地上に降り立つと、カイは身構えてしまう。
「君達分かったよ。だから離れて欲しいじゃん」
もそもそと話声が聞こえると一斉に鳥が飛び立ち、中から金色のビキニ姿の太陽の女神タマが現れる。
「おいっ! ウヒョ、なにその赤毛、ウケる、ケケケ」
「マフイカ様に染めて貰ったの、タマが笑ってたって、言いつけちゃうわよ」
「げっ! そんなことより、いつまで夜にしておくつもりだ。鳥達がボクの所に文句を言いに来たじゃん」
「あら、タマ。あなた働くの好きじゃないんだし、いいじゃない」
「そうなんだけどさ・・・」
タマは近くの木で待機する大量の鳥たちに視線を送ると冷や汗を滲ませる。
「分かったわよ。イヨに言うわ」
そう告げたヒナは、目を閉じると暫く無言になった。
「母上、裏切り者のイヨに月を任せるのですか? 早くお帰りになられた方が良いかと」
未だ腕を解放してもらえないマウイ神はヒナに助言する。
「いやーよ。それにイヨは罰として月外禁止なの。ちゃんと仕事してもらうんだから」
「はぁ」
マウイ神はヒナを月へ返す妙案を模索していると、薄っすらと空が明るくなり一斉に鳥が飛び立った。
「夜が明けたし、マウイそろそろ、アリの別荘に送ってくれないか?」
ヒナから解放してもらえないマウイ神に、意図せず助け船を出したカイは、マウイ神から親指を立てられ不思議な顔をする。
「母上、カイを送らねばなりませぬ故、そろそろ」
マウイ神が、ヒナの手指を一本づつ自分の腕からはがしていると、ヒナはパンっと手を叩いた。
「ママも一緒に行くわ。だって、ほらキワちゃんが迷惑かけたじゃない。ちゃんとご挨拶しないと。それにほら、ご飯を食べるって約束したし、キワちゃんもアロハも行くわよね?」
勝手に話を進めたヒナが、誇らしげな面持ちをマウイ神に向けたため、彼の大きな溜息を誘ってしまう。
「分かりました。ではフアの風で」
「嫌よ」
「嫌だ」
太陽と月の女神が同時に強く抗議すると、フアが不機嫌な顔をする。
「冗談です。それでは」
珍しくクスリと笑いを零したマウイ神は自分の冗談に満足すると、パチンと指をならす。
「カイっ!」
終日どこにも出掛けずに、カイの無事を祈りながらアリの別荘で待っていた皆は、何かを察したように家から飛び出してきた。
「うっす、ただいま」
カイの元に真っ先に辿り着いたレイノルドは、両腕でカイを思い切り抱き締める。
「カイ、良かった。本当に良かった。どこも怪我してない? 大丈夫?」
抱き締めていたカイを解放すると、カイの手足が付いているか真顔で確かめた。
「ははは、レイ、大丈夫だよ。サンキュ」
カイとレイノルドの横を急ぎ足で通り過ぎた結月と壮星は、少し戸惑いながら母である美月に近づいた。
「あの・・お母さん?」
「母ちゃんも無事で良かった・・」
少し距離を置いて話掛ける結月と壮星に、美月は本来の笑顔を向けると彼等に両腕を伸ばした。
「結月、壮星、心配させて、怖い思いをさせてごめんね」
「お母さん」
「母ちゃん」
大泣きする結月達の横で、凛も久々に再会する思い人の前に立っていた。
「ランギ・・ 無事で良かった」
「ああ、凛も元気そうでなにより」
「急にいなくなっちゃって心配したのよ」
凛は目から零れる涙を指で拭った。
「そっか、ごめんごめん」
「これからどうするの?」
凛に問われたランギはカイの方を見ると、ニコリと笑う。
「そうだな、弟と女王様に仕えるかな」
そう告げたランギは両腕を頭の後ろで組むと、アリの元へと近づいて行く。
凛はそんなランギを眺めながら、再会を喜ぶ壮星も見つめるとホッとした表情をした。
爽やかな浜風がカイ達を包み込み、皆の笑顔を天高く巻き上げると、木々たちも共感しているように葉をならし、小鳥達の歌声と共に美しく奏でられる。
近くでカイ達を眺めていたマウイ神と僕達の心にも珍しく響くと、皆頬を緩ませた。
「ゴホン、カイちゃん」
人化した女神二人は、若干派手さを抑えた装いでカイの元に歩み寄った。
「ご飯行きたいんだったね」
いつの間にか輪になっていた仲間の中心で、カイが簡単に女神たちを皆に紹介すると、ヒナに問いかける。
「飯食うんか? はいっ!」
食事の単語に真っ先に反応したウルタプは右手を勢いよく真っすぐに上げた。
「じゃあさぁ、飯食いに行って、その後、海で泳いで、そんでもって温泉に行こう。ジェラードの旨い店もあるから、デザートはそれで」
「賛成」
カイの提案に盛り上がった皆は心を弾ませると一斉に声を上げる。
神、異形、人間、親子、兄弟、家族、友人、恋人、敵、味方、それぞれ違っていても、カイの前で放つ笑顔は統一していた。父の死、兄の失踪、空虚だった心が再び満たされたカイは、一筋の白い線を描く大空を見上げ、旅の終わりを噛み締めた。




