約束
身体に異変を感じたカイは背後に何者かの気配を感じると、前屈みになっていた身体をゆっくりと左肩から後ろに向ける。
「え? マウイ神?」
カイの背後には、全身美しいモコ(タトゥー)が彫られ長い黒髪を持つ本来のマウイ神が、目も鼻も口も無い巨大な黒い影が持つ網に捕らえられていた。
「カイ、スマナイ。お前は逃げろ」
「どういうことだよ。マウイっ!」
マウイ神を捕えたのは祖母であるヒネの仕業だと考えたカイは、ヒネに厳しい視線をおくると彼女に近づこうとするが、即座に弾かれてしまう。
「ヒネ様、マウイが昔何をしたか知らないが、今は彼が必要なんだ」
ゴツゴツとした地面に叩きつけられたカイは、歯を食いしばって立ち上がると、今度はマウイ神を捕らえている黒い影に歯向かおうとする。
「アカアンガに逆らうな。こいつらは冥界の番人でお前の魂を抜き取る」
「そんなの関係ねえよっ!」
カイは大声で叫ぶとアカアンガと呼ばれる冥界の番人に体当たりしてマウイ神が入る網を奪おうとするが、アカアンガの大きな腕になぎ倒される。
祖母であるヒネが黒い影を操っているだろうと考えたカイは、再び彼女に近づこうとするが、身体が動かなくなってしまいその場で蹲った。
「ヒ・・ネ様、マウイが必要なんだよ。お願いだ」
重力がカイの身体を押さえつける中、カイは必死で言葉を吐き出すとヒネに懇願するが、彼女の冷ややかな目に応えは見えていた。
「アンタには関係ない。現世に戻したるさかい、大人しくしておれ」
「嫌だっ! マウイを殺すなら俺を殺してからにしろっ! ほら、そこの妖怪、俺の魂をとってみろよ」
カイは圧し掛かる重力に抵抗すると立ち上がり、再びマウイが捕らえられている網を掴むが、重石のような圧力にその場で両膝をついてしまう。その時、アカアンガが大きな拳をカイに振り下ろそうとした。
「カイっ! 逃げろっ!」
マウイ神の叫びにハッとしたカイの身体が急激に熱くなると、緑の瞳に痛烈な痛みを感じる。カイのマナが突如増大したことにアカアンガは振り下ろそうとした拳を止めると身構える。その場に金緑色の光が解き放たれるとカイの目から翡翠の剣先を持つマウイ神の槍が現れカイの手中の収まった。
「この槍って・・」
ワイトモケーブに住む土ボタルに預けていたマウイ神の槍は、ウルタプの力でTIKIに収められているはずだったが、何故かカイの瞳から現れる。
「俺の目は玉手箱かよ」
カイの脳裏に多くの疑問が沸き上がったが、それ等をかき消しマウイ神の槍をかまえると、金緑色の光でアカアンガの目がくらんでいるうちに網を切り裂き、マウイ神の中にカイ自身を入り込ませた。
槍を持つカイが自分と再び同化したマウイ神は長い髪が縮み、モコもみるみると薄くなると槍を持つカイの姿に変わる。
一瞬怯んだ冥界の番人アカアンガは頭を何度か振ると、新しい網を手に出しカイの姿を持つマウイ神を捕えようとするが、右手を挙げたヒネに制される。
「アンタはその馬鹿とともにここで朽ち果てる気か? だがなぁ、マウイは蘇れてもアンタは魂を抜き取られて地獄行きやぞ」
鬼の形相でヒネに脅されたカイであったが、動じることなくその場で正座すると槍を地面に置いた後、額を地につけるように深く頭を下げた。
「おっばあっちゃんっ!」
カイに大声で「お祖母ちゃん」と呼ばれたヒネは腰が抜けそうになったため、慌てて人骨でできた椅子を登場させ腰を下ろした。
「お祖母ちゃん、ごめんなさい。マウイがしたことは俺達人間のためだとは言え、お祖母ちゃんの許しもなく、お祖母ちゃんの大切なモノを盗もうとしたことは悪いことだ。本当にごめんなさい」
カイは下げた頭を地に押し付けるように深く謝罪する。その言葉と態度が理解できないのはヒネだけでなく、マウイ神も同様であり、頭を下げる無抵抗な姿に危険を感じカイの頭を上げさせよとするが、ビクともしなかった。
「カイ、頭を上げろっ! 何をされるか分からんぞ。槍をかまえろっ!」
「煩いっ! マウイは黙ってろ。お前も反省して謝るんだ」
カイは頭を1ミリもあげることなく、マウイ神を怒鳴りつけた。
「お祖母ちゃんはもう知っているかもしれないけど、マウイの兄にさらわれた俺の友人と、人間にさらわれたマウイの母ちゃんを助けに行かなければいけない。それに海族とか月族とか、俺にはよくわからないけど、色々大変なことが起こっているみたいで、皆マウイの力を欲している。だから、今は見逃してください。全てが終わったらまたこの地に帰ってきます。その時はマウイ共々、俺のことも煮るなり焼くなりしてくれていい・・です。だから、どうかお願いしますっっ!」
「カイ・・・」
身体から伝わるカイの覚悟に嘘偽りがないと確信したマウイ神は、カイという人間をやっと理解した気がした。時折感じる不可解な感覚が全てカイの人間性から来ているものだった。
「ババ様のお許しもなく永遠の命を奪い取ろうとして本当に申し訳ありませんでした。悪いのはこの俺様で、カイではない。どうかカイを巻き込まないでいただきたい」
カイとマウイ神は必死で許しを請い頭を地に擦り付けた。
「ぷっあはははは」
恐怖心を押し殺しながら謝罪を続けていたカイは、誰かの大きな笑い声が聞こえると少しだけ下げていた頭を上げ前を見た。小さな足が見え、頭上に誰かの気配を感じると急激に喉の渇きを覚えるが、頭を下げたままヒネの反応を待った。
「もうええわ。頭を上げぇ」
ヒネの声が近くに聞こえるとカイは頭を上げ、先ほどの笑い声の主がヒネだったと確信する。
「ヒナを助け出すために解放したる。ただし、解決したら、その綺麗な魂をもらうからな。ええな」
「ババ様、それはっ・・・」
マウイ神がカイの身体を通じて反論しようとするが、カイに制御されてしまう。
「はい、全てが終わったら必ずここに帰ってきます」
カイは、強い眼でヒネを見つめると固い約束をする。




