黄泉の国
太陽の女神タマから指摘されたように、カイのオッドアイには意味があり、それはハワイキへの鍵であった。まだ生きているカイと彼の器から離れられないマウイ神の憂慮は解消され、ハワイキを司るヒナに会いに行くこととなった。
斜面に生えるポフツカワ古木に辿り着くと同時に、赤い光が放たれると、カイとマウイ神は根の中へと吸い込まれていく。
「イって、痛かったなぁ。女神の言う通り、俺の目が鍵だったんだな」
ポフツカワ古木に吸い込まれる際、強烈な痛みを緑の瞳の方に感じたカイは、思わず手で覆ってしまったのだ。
「そのようだな。さて、ババ様を探しに行くぞ」
「ああ、うん」
カイ達が吸い込まれた先は、天国のような美しい世界ではなく、色も音もない無の世界で、カイは緊張からゴクリと唾を飲み込んだ。
「大丈夫だ。行くぞ」
そう告げたマウイ神はカイの歩みをどんどんと暗闇の中へと進めると、川の流れるような音が鼓膜に届く。
「三途の川???」
死後の世界に登場する三途の川のような水が流れる音に引き寄せられるように、カイは思わず駆け足になる。
「三途の川とは何だ?」
「日本では死んだら三途の川を渡って死後の世界に行くって言われてるんだよ」
「ハワイキでも同様だ」
「そうなんだ」
水音の根源に辿り着いたカイの前に現れたのは、現世にある川ではなく、美しく七色に輝く光の川で、通常の川上から川下に一方通行に流れる川とは違い、幾つもの渦を巻いていた。
「綺麗だな」
「ああ、だが危険だ。ワカを見つけねば」
「え?」
「TIKIがあれば問題ないのだが」
マウイ神は小さく溜息をつくと周辺を見渡した。
七色に輝いているのは川だけでなく、木々の葉や花々も異様な光を出しており、それらを眺めていたカイは妖艶な輝きに意欲を奪われ、川の方へと引き寄せられていく。
「おいっ! カイっ! 目を覚ませ」
マウイ神の力をもってしてもカイの行動を制御できず、川へと足を踏み入れそうになったためマウイ神は必死でカイに呼びかけた。今まで声を荒げることのなかったマウイ神の叫び声に、ハッとしたカイは目前に迫る川の輝きに驚くとその場に尻をつけて倒れこんだ。
「ごめん、俺・・・どうしちまったんだ」
「構わん、この光は魂を吸い取るのだ。特にお前のは生気だからな魅力的なんだろう」
魂を抜かれるということは、死を意味する。
カイは背中に冷たいものを感じると、恐怖に打ち勝つため顔をパンパンと叩き、鼻息を上げ気力を高める。
「ふっ、その意気だ。さて、ワカを・・・」
再びカヌーを探そうとしたマウイ神の前に突如、立派なカヌーが出現する。
「うわっ!」
「ババ様に気付かれたのだろう」
そう告げたマウイ神は、躊躇もせずにカヌーを押すと川に浮かばせ飛び乗った。
「さすが慣れてるな」
「ああ」
カヌーにはパドルなどが備え付けられておらず、操縦などできぬまま川の流れに任せて進んでいると、人を乗せた他のカヌーが現れはじめる。
死人となった魂がカヌーに揺られながらハワイキを目指すが、転覆するモノや、激流に飲まれたり、川に住むワニのような妖怪に食われてしまうなど、それほど大きな川ではないにも関わらず岸に無事辿り着けたのは数艘しかいなかった。
「カイ、気をつけろよ」
「え?」
川を渡ることが最大の難関だろうと考えていたカイは、更なる困難が現れると知り、自分のことよりも無事に辿り着いた死人の魂を案じてしまう。
「なんだこの違和感は ・・はぁ」
時折、カイの身体を通してマウイ神は心に沸く違和感に重苦しさを感じると大きく溜息をつく。
「違和感?」
「まぁ、よい。行くぞ」
辿り着いた岸には、出発点とは違い妖艶な色を放つ木々はなく、柳が鬱蒼と茂る林が広がっていた。
「この木々に触れぬように」
「え? 触っちゃダメってこと?」
「ああ」
「お――い、皆この木は危険なんだってさ。気をつけろよ」
速足で先を急ごうとするマウイ神とは違い、死人達の動向を気にかけていたカイは、彼等に大声で呼びかける。
「まったくお前は・・はぁ」
理解できないカイの感情にマウイ神は再び大きな溜息を零す。
無風で無音の中、ゆらゆらと揺れる柳の木に触れないように、注意しながら林を抜けると立派な門が現れる。
マラエで見かけるような美しい木彫りが施された朱色の立派な門が、色のない世界で際立って聳え立っていた。
厳粛な建築物の姿に身がひきしまるとカイは姿勢を正す。意を決して門へ近づこうとした時、門の向こう側を覆う霧の中から人影が見えると、マウイ神が首を垂れ跪く。
「凝りもせずに、またアテに殺されたいんか」
ドクロのついた杖でカタカタと音をたてながら現れた老婆は、無数の赤い目がついた黒い衣装をまとい、自身も燃えるような赤い瞳をぎろりとさせる。老婆の不気味さを際立てるのは衣装だけでなく、金色の目をギロリとさせた大蛇が彼女の身体に巻き付いており、マウイ神とカイを挑発するように先が二つに分かれた舌をチロチロと出していた。
「ババ様、ご無沙汰しております。ご機嫌麗しゅう存じます」
「虫唾が走るわ。もうええ、早う立て」
「はは」
マウイ神は頭を更に深く下げた後に颯爽と立ち上がった。
「アンタが何しに来たか知っておるわ」
「はぁ、では力を返していただきたい。一時でも構いません。どうぞお含みおきくださいますようにお願い申し上げます」
「ええで」
「へ?」
ヒネは肩に乗る蛇の頭を撫でながら軽く応じるとフワリと浮かび上がる。マウイ神の力を返すことを拒否されるだろうと覚悟していたマウイ神は、緊張で固くなっていた肩が解れると安堵の顔を前面に出した。
「マウイ、優しい祖母ちゃんだな。よかったよ」
「ああ」
宙に舞うヒネが、杖の先に付いたドクロをカイに向けると、ドクロの眼窩に赤い目が浮かび上がり、赤い光がカイの身体を包んだ。カイの身体から放出される金緑の光と交わり渦を巻くと徐々に身体に吸収されていく。
「がはっ」
カイは体内が膨張する感覚に慌てて空気を吐き出すと前屈みになった。すると、身体が急に軽くなり不思議な感覚に陥ると背後に何者かの気配を感じた。




