ケープ・レインガ
マウイ神の兄キワに連れ去れたレイノルドを一刻も早く救助したいカイは、マウイ神と彼の僕達がカイのマナに対して違和感を感じることなど、どうでもよかった。
祖母ヒネが奪ったマウイ神の能力を返してもらうことが得策であったため、会話を遮って祖母に会いに行くように促す。
「カイの言う通りだな。俺様の力を返してもらい、兄貴と対峙し母上を見つけ出すことが優先だな」
「レイが最優先だよっ!」
レイノルドのことがマウイ神の脳から常に零れ落ちることにムッとしたカイが語尾を上げて訴える。
「マウイ様、自分のワカでケープ・レインガに行かれますか?」
「ああ・・ TIKIを失ってもお前達の能力が使えるのも不思議だな」
まだ腑に落ちない様子のマウイ神はブツブツと口の中で呟いた。
「ババ様に会うにはハワイキに行くことになる」
「あっ!」
重要なことを失念していた僕達は一斉に突拍子もない声を上げてしまいカイを驚かせる。
「ビックリしたなぁ、まだ何かあるのかよっ!」
今すぐにでも出発したいカイは、また二の足を踏むマウイ神達に辟易すると猫のように毛を逆立てた。
マウイ神が言うハワイキは、『先祖の発祥の地』『現生と来世をつなぐ神聖な聖地』を意味する。ニュージーランド北島北端のアウポウリ半島の北西端に位置するケープ・レインガは、マオリ語で『飛び立つ場所』の意味を持ち、マオリ神話において、死者の魂が肉体世界を離れ、祖先の故郷ハワイキへの旅を始めるための、霊的な『出発点』とされており日本でいう黄泉への扉、黄泉比良坂に似ている。
ニュージーランドで観光客が立ち入ることが可能な最北端であるケープ・レインガは、マオリ族の聖地だけでなく、観光地としても有名で、タスマン海と太平洋がぶつかり合うダイナミックな背景の中、白い灯台が凛々しく建っている。
「カイの器でハワイキには入れない」
「・・・あっ、そうか。俺が生きているからね。俺は・・ 生贄にされた時から覚悟できてたし・・ 兄貴の無事も分かったから、どうなっても構わないけど、俺が死んだらマウイにも影響があるのかな」
「恐らく。人間の器と融合するのは始めてだからな、奴なら知っているかもしれん・・・ 会いたくはないが、フア、奴をケープ・レインガで落ち合うように手配してくれ」
「承知しました」
フアは深々とマオリ神に頭を下げ一瞬にしてその場から姿を消すと、小さな竜巻がその場に残る。カイは慌てて突風から顔を保護するため手を動かそうとするが、両目を見開くマウイ神に拒まれる。
「フアは何処に行ったんだ? 奴って誰だ?」
「小言の多い神だ」
「は?」
理解不能の返答にカイが再度質問を投げかける間もなく、既にカイの身体はモアナのワカに備え付けてある座席に腰を下ろしており、ケープ・レインガへと出航していた。
レイノルドが捕らわれているかもしれないグレイトバリア島を憂慮な面持ちで通り過ぎた途端、荒波による大きな揺れにカイの身体が上下左右に動くが、ここでも平然なマウイ神と一体化していることで心穏やかに目的地に辿り着けた。
その間、カイはアリに携帯で状況を説明し、壮星達はグレイトバリア島にあるアリの別荘に滞在しながらカイ達を待つことになった。
「ちょっと、何度も呼ばないでよね・・・ げっ!」
「開口一番、げっ! とは随分だな、タマ」
「太陽の女神を呼び捨てにするなっつ―の」
面と向かって文句を言えないのか、太陽の女神であるタマは若干俯き加減でモゴモゴと話した。
「太陽の女神じゃんか」
マウイ神ではなく、カイが彼本来の声でタマに声をかける。
「カイく―――んっ! なんでそんなのと一緒になっちゃったのよ――ん」
タマが猫撫で声でカイに話掛けると、マウイ神がカイの身体を通して、吐きそうな顔になる。
「で、何の用よ。問答無用で連れて来られたんだけどっ」
タマは腕組をすると、連れてきたフアを睨みつけながら、口を尖らせた。
「TIKIをキワとアロハに奪われた。俺様の力を取り戻すためにババ様に会いに行きたいのだが、カイと分離できない。カイの器で行ったらどうなる」
「あらら、切羽詰まってるって感じ。うける、プププ」
両目を垂らし口元に手を添えると笑いが止まらぬ顔でマウイ神をせせら笑う。
「おい、タマ」
「太陽の女神でも許さんで」
「右に同じでござる」
「太陽に帰れないようにするわよ」
赤々と燃える怒火を瞳にうつした僕達がタマに詰め寄った。
「まぁ、よい。何か策はないか」
「カイは大丈夫じゃん」
「どういうことだ」
「ヒネからハワイキ行の鍵預かってるじゃん。分かんないのぉ?」
タマの言葉に一同ハッとすると、一斉にカイの顔を凝視する。
「な・・なんだよ」
「そうか・・・」
マウイ神と僕達は喉につかえていた違和感が取り除かれ肩が軽くなるのを感じた。
「マオリ族と日本人から生まれて緑色のオッドアイなんて珍しすぎるじゃん。気付かないなんて、君達もまだまだだねぇ」
タマは首を取ったかのように勝ち誇ると両手を自分の背後で組み何かを蹴るように足を前後させる。
「では、急ぐぞ」
「ちょっとちょっと、カイ君がハワイキに入れるからって、君はまた殺されに行くつもり? 君は半人なんだから悲劇は繰り返されるんだよ」
柄にもなく心配そうなタマの面持ちにマウイ神は優しく微笑んで返す。
「心配してくれるのか、感謝する」
「ちっちがうわよ。カイ君に何かあったら可哀そうじゃん」
「逃げてばかりもできぬ。覚悟ができたつもりだ」
「タマさん、俺も一緒だから、大丈夫だよ」
タマの心を温かく包み込むようなカイの声にタマの目尻が下がってしまう。
「何かあったらマウイなんて捨てて、ボクの元に戻ってくるんだよ」
思わずカイの手を取ったタマだったが、マウイ神に秒で弾かれてしまう。
「カイと会った時からこんな予感してたんや」
ウルタプがポロリと言葉を零すと、美しい赤い花をつけた、斜面に力強く生える古木を見つめる。
「そういえば、アリのファームで旅行プランをつくってた時・・
【そこへは行かんでええ事を祈っとき】 って言ってたのお祖母ちゃんに会いにハワイキに行くことだったのか・・」
カイは、ウルタプと出会ったころ、彼女が難しい表情で零した言葉を思い出す。
「しゃあない、カイ、マウイ様を頼んだで」
「ああ、任せておけ」
カイはそう告げると軽く胸元を叩いて見せた。
タマからの情報で安全を確信したカイとマウイ神はフアの風でハワイキの入口に辿り着く。
ケープ・レインガには斜面にしがみつくように生きている樹齢800年ともいわれる老木のポフツカワがあり、この老木の根がハワイキへの入口だとされているのだ。
ポフツカワとは、ニュージーランド原産の常緑樹で、11月~1月にかけ、可愛い赤い花を咲かせるため【クリスマスツリー】の愛称で親しまれている。




