ワイヘキ島
マオリ神の兄であるキワに操られたレイノルドはカイをナイフで襲ってしまうが、辛うじて全意識を乗っ取られずにいたため、カイに致命傷を与えずに済んだ。
マウイ神の危険を感知した僕達が救出に現れるが、残念ながらレイノルドがキワに連れ去られてしまう。
「レイっ! ちくしょう、レイノルドっ!」
カイは正気を失ったように大声でレイノルドの名を叫びながら周辺に彼の姿を探す。
「奴はここにはいない」
マウイ神の器であるカイの安全を確認した僕達は、レイノルドの消息には、それほど関心がなく、モアナがそっけなくカイに応える。
「マウイの兄貴に連れて行かれたのかもしれない」
カイはそう告げると慌てて部屋を出ようとするが、ウルタプに止められる。
「まずは落ち着き。マウイ様と話しができないやろ」
「カイ殿の身体に傷があるが、親方様はご無事であらせられるか?」
ウルタプがドア前に立ちはだかり腕組みをすると、彼女の背後にカイの叫び声を聞いた結月達が現れる。
「カイ大きな声を出してどうしたの?」
「レイノルドに何かあったのか?」
「カイ君大丈夫?」
結月達は、心配気な顔つきでカイとレイノルドの安否を尋ねる。
「レイを見なかったか? 外に居ないかっ?」
青い顔をしたカイが結月達からレイノルドに対する朗報を求めた。
「カイ君、血が出てるよ・・」
「本当だっ!」
「俺のことはいいから、レイが・・・おいっ何するんだよ!」
必死でレイノルドの安否を尋ねていたカイをモアナが抱き上げ、近くにあるベッドに座らせると即座にウルタプがカイのTシャツをまくり上げて腹部の傷に手をかざす。ウルタプの手の平から草花が現れカイの傷口を塞いでいく。
「おいっ、ウルタプ何してるんだっ、俺の腹に花が咲いてるぞ」
「やかましい、あんただけの身体と違うんや。すぐ終わる」
ウルタプの言うように、カイの腹部に咲いていた花が枯れ、消え去ると傷口が綺麗に治癒されていた。
「すごいな・・・」
カイは痛みも傷もなくなった腹を摩りながら告げると自慢げに立つウルタプを眺めるが、彼女と僕達が突如膝を床に着ける。
「TIKIを奪われた」
「主様」
カイを介して言葉を吐いたマウイ神にフアが応える。
「ワイヘキだ」
「マウイ様、レイノルドとやらの身体とともにTIKIがワイヘキにあるのですか?」
「今はそのようだ」
「キワ様にそんなお力がおありとは驚きでござる」
「アロハが加担しているのだろう」
綺麗なタトゥーが彫られた両腕を組むと、カイの身体を借りたマウイ神が険しい顔をする。
「今からワイヘキへ赴くぞ」
「ははぁ―」
僕一同が一斉に頭を下げた。
「ワイヘキってワイヘキ島のこと?」
凛が小さく呟く。
「レイノルドもカイのことも心配なんだけど、今日、帰国しなきゃダメ?」
結月が遠慮気味だが、若干語尾を上げて言葉を零す。
「俺もこのままでは帰りたくない」
「お前等・・・あれ?」
マウイ神に身体を奪われても意識を保つことが可能だと気付いたカイであったが、言葉が話せるとまでは期待しておらず、カイは自分の声が聞こえたことに驚いてしまう。
「儂のボートでワイヘキまで結月達を連れて行こう」
終始無言で会話を聞いていたアリだったが、レイノルドが行方不明になったことは人間社会では事件であり責任を強く感じていたのだった。
「アリ。有難う。迷惑をかけてごめん。レイを絶対に助けるから」
「ああ、両親には儂から連絡しておく」
カイは、話が纏まると即座にレイノルドを助けるために、モアナのワカで僕達と共にワイヘキへと向かった。
オークランド市内からフェリーで40分の距離にあるワイヘキ島は、美食とワイン、ビーチが有名なリゾートアイランドであるが、その近さから定住し、定期フェリーを利用してオークランド市内へ通勤通学をしている人も多い。
「マウイ様、ご無事で何よりでございます」
ワイヘキ島に辿り着いたカイ達を出迎えたのは、大鷲のポウカイと怪鳥のモアで、陸地で頭を垂れていた。
「ポウカイか、ご苦労」
「ポウカイ、モーモ、また会えて嬉しいよ」
カイからの挨拶にポウカイは大きな羽を広げて応え、モーモは首を天高く上げた。
「この気配はアロハと月族?」
「左様でございます。アロハ様がキワ様をここまで転移されました。月族も加担しているようです」
「我々で確保を試みたのですが、マウイ様のTIKIに阻まれてしまいました。申し訳ございません」
「TIKIを取られたままでは厄介だな」
項垂れるポウカイとモーモを優しい目で眺めながらマウイ神が胸元を掴んだ。
「TIKIがないと何もできないのか?」
「カイ、あんたはホンマに失礼やな」
モーモとツイツイがじゃれ合っているのを目尻を垂らしながら眺めていたはずのウルタプが眉間にシワを寄せてカイに抗議する。
「よい、気にするな。俺様が生まれた時にババ様が俺様の力を取り上げたと、聞いたことがあるが、真実かは分からん」
マウイ神はカイの身体で腕組みをすると苦い顔をする。
「ババ様ってお祖母ちゃんなのか?」
「ああ」
「だったらお願いして返してもらおう。余裕余裕」
そう告げたカイは何故かホットした顔をしており、マウイ神をはじめその場の全員が怪訝な表情を浮かべる。
「どうしてそう思う?」
「だって身内だろ、それにお祖母ちゃんっていつの時代も孫には甘いよ。俺の祖母ちゃんや祖父ちゃんみたいにさ」
「そうか・・」
カイの身体を通してマウイ神が鼻で笑う。
「カイ殿は、ヒネ様の恐ろしさを知らないでござる」
「この坊やはそうみたいね」
「マウイ様の話を忘れたんか?」
「マウイ様がヒネ様に殺されたことだ」
カイはマウイ神の話を忘れていたわけではなく、マウイ神の祖母ヒネの恐ろしさをマウイ神の身体を通じて、それとなく感じ取っていたため、 口々にヒネの怖さを語る僕達に直ぐには反論できずカイの額にうっすらと汗が滲んだ。
だが、家族の愛を信じるカイにとって祖母を恐れることは滑稽でもあったため、強い目力を僕達にむける。
「とにかく、レイノルドを助けるにはマウイ神の力が必要だ。だから俺がお祖母ちゃんを説得するよ」
カイは、気を取り直すと自信に満ちた顔で僕全員を見つめていたが、何故か視線を海に奪われる。
マウイ神達の世界ではワイヘキ島にも建物がなく広い緑と海が広がっているが、地平線の向こう側から大きな波とともに巨大な何かが、カイが立つ浜辺に近づいてきたのだった。




