マウイ神の話
ポウナム石を手に入れた美月こと月の女神の姉アロハは、マウイ神の僕達が移動する空間へ入ることができるため、マウイ神がカイ達全員を自分の特別な領域マラエへと導いた。
美しく彫刻が描かれた朱色の木造建築ファレヌイが、一面に広がる柔らかな若草色の芝生の上に凛々しく建っており、屋根の頂上に据えられたTIKIの微笑みがカイ達を迎え入れる。
「ここならば邪魔は入らぬ」
そう告げたマウイ神は、指をパチンと鳴らした。
すると、磨き上げられた床の上に、木彫りが施された椅子とテーブルが出現すると、マウイ神が一人掛けの椅子に腰を下ろし足を組んだ。
旅行をしている時とは興奮に温度差があったが、木の温もりと人や生き物をかたどった彫刻は今にも語りかけてくるように躍動的で、結月達の硬くなった心を解してくれた。
マウイ神に続いてカイ達も椅子に腰かけると、足の筋肉が疲労していたことに気付く。
「これ以上、お前達を巻き込むわけには行かない」
マウイ神は、アリをはじめ結月、壮星、凛の顔を個々に見つめると優しく伝える。
危険が伴うことが予想される。また足でまといにもなりかねないと理解していながらも、カイの身を案ずるアリや母を思う結月達は直ぐには応じずに下を向いた。
「その前に色々と説明する必要があるようだな」
紫外線から守られ、ひんやりした空気が流れる中、どこからか差し込む光がマオリ神を照らす。
マオリ神は淡々と彼と母ヒナのことを語りはじめる。
月の女神でマウイ神の母ヒナと姉のアロハは人間の一般家庭に生まれ、それぞれ人間の夫と家庭を築いた。ヒナは3人の息子を出産し幸せに暮らしていたが、彼女の母であるヒネから月の女神になるように命じられる。その直後にマウイ神を身ごもってしまうと、母ヒネから半神半人であるため出産を控えるように諭されるが、彼女が拒否したため、マウイ神が生まれるまで姉のアロハが月の女神として先に月へと旅立ったのだった。半神半人であるマウイ神を憂いたヒナは海、風、森、大地に彼を託すために、フェアウェルスピットの浜辺に赤ん坊であるマウイ神を残して月の女神となった。突如妻を失ったヒナの夫は、喪失感から行方不明となり、漁に出ていたヒナの夫の父、つまりマウイ神の祖父がマウイを救い、結果的には3人の兄ととも育てられる。半神半人であるが故に人並外れた能力を持っていたマウイは他の兄、特に長男から虐められたが、それでも人間のために太陽を捕えて日照時間を長くしたり、テ・イカを釣り上げて領土を広くした。人間には寿命があることに反発したマウイ神は、黄泉の神である祖母ヒネのマナの一部を手に入れようとしたところ失敗し、結果的には彼女に殺されてしまう。マウイ神が忍び込むことをヒネに告げ口をしたのが長男であろうとされた。また月の女神となったヒナも女神の座を常に狙う姉のアロハから疎まれており、今回のヒナ誘拐事件もアロハが仕組んだことだったのだ。
的確に分かりやすく説明したマウイ神は、皆が情報をちゃんと消化できるまで静かに待った。時折、聞こえる小鳥達の囀りが耳に心地よく、それに反してマウイ神からの話は毒に思え、皆外へ逃げ出したい誘惑にかられたが、その場に何とか留まった。
「お母さんは・・・ お母さんもカイみたいに器なんでしょ? カイとマウイ神みたいに分離できたら元に戻るんでしょ?」
硬い表情の中、一筋の望みを込めた結月は必死でマウイ神に問いかけた。
「そうだよ、姉ちゃん、頭いい」
表情に明るさを取り戻した壮星は結月のアイデアに強く賛同する。そんな彼等にマウイ神は苦い顔をする。
「確かにアロハは母上と違って人間の器が必要だ。だがお前達の母は生まれながらにしてアロハだ。彼女の記憶は途絶えることがない。そのため生まれかわる毎に母上の座を狙っている。今度ばかりは・・」
「ちょっとマウイっ! 結月、壮星、絶対に何か方法があるはずだ。あの、みっちゃんが、そんなの嘘だ」
結月達の気持ちを汲まずに、あまりにも淡々と話すマウイ神の言葉を遮ったカイは、立ち上がると目を見開いて訴える。
「おいっ! マウイ様を嘘つき呼ばわりすんな」
「カイ殿であっても許せないでござる」
僕達から非難の声を浴びせられるが、カイは頑として厳しい表情を変えずドスンと腰を下ろした。
「ごめん。でもさ、もうちょっと気を遣ってよ」
しゃくりあげて泣く結月と彼女を虚ろな瞳で慰めている壮星を横目でながめながらカイがマウイ神に懇願する。
「あとさ、レイのことを聞いてない」
「え? 僕がどうしたの?」
意識が戻って以来、どこか上の空のレイノルドが自分の名に反応して、やっと意識を会話に集中させる。
「あいつは、兄さんが利用しようとしている器だ」
「器? レイは俺みたいに器ってこと? でも生贄にならなくて済むんだよな」
衝撃的な答えの連続に頭を横に何度も振りながら、レイノルドの身を案ずるように疑問を投げかける。
「ああ。兄さんには器そのものを乗っ取るほど力はない。だが、危険なんだよ」
先ほどのマウイ神の話から、マウイ神と彼の母ヒナに対して、否定的な感情を抱く、アロハこと美月とマウイ神の兄に目を付けられたレイノルドが、敵であって欲しくないと強く祈るカイにマウイ神は続けた。
「恐らく随分と前から兄さんは、そやつを狙っていたんだろう。今度こそ俺様の息の根を止めるためにな」
「そんな」
カイの脳裏にランギから告げられた苦い言葉が蘇ると同時に、彼に刺された胸元に激痛が走り慌てて手を置いた。




