月について
太陽の女神タマから、月の女神でマウイ神の母であるヒナが、人間にさらわれたと知った一同は、あまりに想定外のことに思考が追いつかないでいた。そんな時、タマが目前に迫る日食が起こらなければ、カイは生贄にならずに済むと告げたのだった。
カイも一瞬言葉を失ったが、自身を取り戻すと立ち上がった。
「ヒナ様を探すことが先決だ。そうだろ。しっかりしろマウイ神の僕」
『パンパン』
皆の目を覚ますようにカイは手を叩くと、その音がフェヌアの家中で反響し僕達の心に響く。
予定通り日食が起こればマウイ神が蘇る変わりにカイの命は尽きる。それでもヒナ様の無事を祈るカイの態度に、初めて感じる胸をえぐられるような痛みに僕達は唇を噛んだ。
「カイの言う通りや」
ウルタプはカイの言葉に同意しながら自身の椅子へと戻るとタマを睨みつける。
「そっちも空いてるじゃん」
先ほどまで座っていた席をタマに取られたウルタプは、不機嫌そうにカイの隣にある別のダイニングチェアに腰を下ろす。ウルタプに続いて他の僕達も元居た位置に戻ると固い腕組みをする。
「月族も呼び出すしかないわね」
「何でうち等に相談せえへんのや」
「人間を警戒しているんだろ」
「うち、殺されそうになったんやで」
ウルタプは上を見上げ人差し指を何度も天に向かって振り上げた。
「殺されかけた? それは初耳だなぁ」
タマは首を傾げながら語る。
「自分が気付かなければウルタプは危なかったぞ」
「そうやそうや」
地上に降臨して以降ずっと苦情ばかり聞かされていたタマは、上向きに視線を送ると思い切り溜息をつく。
「ボクのせいじゃないって言ってるじゃん」
そう告げるとスッと姿を消そうとしたため、フェヌアが慌ててタマを掴んだ。
「申し訳ない。貴殿の仰せの通りでござる。どうぞヒナ様をお探しするのに尽力くだされ」
真面目なフェヌアは、タマに深々と頭を下げるとカイも続いた。
「カイ君って、変な子ね。命が惜しくないのぉ」
自身の横で下げたカイの頭を優しくなでながらタマが呟く。
「急ぐならフアの風で月族も私みたいに呼べば?」
タマがフアに視線を合わせると、そう告げる。
「あの・・・」
カイは若干戸惑った顔付きでタマに視線を送る。
「女神に頭を撫でられるなんて、ありがたいじゃん」
カイが下げていた頭を上げても尚、タマは彼の頭を撫で続けていたのだ。
「こらっ、フア アナタねぇっ!」
フアが風を使ってタマの手をカイの頭から払いのけるのと同時に、強風がフアの耳周りをグルリと通った。
「今、月族から連絡があったわ」
風を司るフアは、月族を迎えに送った風が、月族達ではなく何かしらの情報を得て彼のもとに戻って来たのだ。
「なんや、月族は来んのか」
「ウルタプちゃんにビビってるんじゃない・・ で、彼等の情報によると、未だヒナ様の行方は分かっていないけれど、月は何とか大丈夫みたい」
フアは月族からの伝達を皆に伝える。
「大丈夫・・でござるか」
「どうやってだ」
「この間までちょ――慌ててたじゃん。マジックでもつかったのか。ウケる」
腑に落ちない形相の僕達とは相反して楽し気な口調のタマは再びカイの頭を撫でようとすると、TIKIの光で遮られる。
「皆、意地悪」
タマはカイに触れられないもどかしさで、全ての手の指をピアノを奏でるように動かしたため、カイの苦笑いを誘った。
「予定通り、日食も行えるってことか?」
ウルタプは、馬鹿な女神のしぐさを細い目で眺めながら、未だ納得がいかない様子で呟いた。
「随分昔にマウイ様から聞いたことがあるでござる」
フェヌアは何かを思い出したように組んでいた腕を外すと、カイの首で仄かに輝くTIKIを眺めた。
「ヒナ様が人間の御仁を愛された時、身代わりに誰かが月を操っておられたと」
「うちも聞いたことあるわ」
ウルタプも思い出したように、左手の平に右手拳をポンっと合わせた。
「アーそれ、ヒナの双子の姉じゃん」
「ええええっ!」
僕達が一斉に奇声をあげたため、タマだけでなくカイも驚いて椅子から飛び上がった。
「ビックリしたな」
「カイ君、ボクも驚いたぁ」
タマは、そう告げながらカイに抱きつこうと試みるが再びTIKIの光に妨げられる。
ヒナに双子の姉がいたことを全く知らされていなかった僕達は驚きと動揺でしばらく言葉を失ってしまう。静まりかえった空気にカイは喉の渇きを覚えると、椅子に戻りフェヌアが用意してくれた湯気を失くした湯呑に手を伸ばす。
「あ―――」
ウルタプが自分の頭をぐしゃぐしゃにした後、両頬を軽く叩いていると、再びフアの風がフェヌア宅に現れ、止まっていたフアの脳に血流を送る。
「え、なになに・・・」
「フア、早よ教えろ」
ウルタプは机上に前のめりになるとフアを急かせた。
「アタシ達、僕が全員揃ったことをヒナ様も感じておられるから、このまま行程を進めてくれれば、ヒナ様からの反応があるだろう・・・ですって」
「そうか、じゃあ、早く行こうぜ」
誰よりも早く行動に移そうとしたのはカイであったため、彼の隣にいるタマだけでなく、僕達も皆、若干寂しそうな表情をつくった。




