氷河
マウント・クック国立公園で、マウイ神の友であるアオラキと出会ったカイは、彼の力でサザンアルプスの山々を超え、モアナのワカ(カヌー)で氷河を渡りながら、ウェストコーストへ向かうことになった。
マウント・クック国立公園内を流れるタスマン氷河はニュージーランドでは最長の氷河で、氷河上をスキーやスノーボードで滑るバックカントリーツアーやヘリコプターハイキング、アイスクライミングなどワイルドな体験が人気である。時間のない人や体力に自信のない方には遊歩道も用意されおり、駐車場から徒歩圏内にある展望台からサザンアルプスの絶景とタスマン氷河の融解によってできた乳白色の氷河湖の優美な姿を満喫できる。タスマン氷河湖では観光客向けのクルーズ船が航行しており、高さ200mの氷壁や流れる氷塊を間近に観察し、透き通った氷を味わうことができる。
1970年代初めには小さな水たまりだったタスマン氷河湖であるが、今では最深部が500m以上もあると言われ、温暖化の影響によって2km以上にもなると言われており、タスマン氷河も年々後退している。
「湖の色が素敵ねぇ~」
「うん、ミルキーブルーだね」
「氷河ってあれだよな。うっわ、めっちゃ青だ」
壮星は、アリから借りた双眼鏡で湖の奥にあるタスマン氷河をズームしてみる。
「青? 壮星君、あの土砂の下にあるってこと?」
必死で双眼鏡を覗き込む壮星を眺めていた凛は、スマートフォンの画面をズームしてみる。
「ほんとだぁ~」
「え、何々? 壮星、早く私にも双眼鏡を貸してよ」
ふくれっ面の結月が双眼鏡を持つ壮星の腕を強く引っ張ると、双眼鏡を彼から奪おうとする。
タスマン氷河を一望できる展望台に辿り着いていた一行は、これまでに訪れた湖とは違う顔を持つ氷河湖に感動する。緑や花に囲まれたテカポ湖などとは違い、決して色鮮やかではないが、人間の手が加えられていない大自然が創造した芸術作品がそこにはあり、凍えるような冷たい風の香も違っていた。
「確か、ヘリコプターで行くツアーとかがあるんだよな、カイ。カイ?」
壮星は双眼鏡を催促する結月ではなく凛に手渡すと、背後に居る僕達に囲まれたカイに質問を投げかけた。
「え? ごめん、壮星、何て?」
ここまで導いてくれたアオラキにウルタプ達と共に礼を述べていたカイの耳には、壮星からの問いが届いていなかった。
「そうそう、ヘリコプターで上へ行って、そこから歩いたり氷壁とか触ったり、スキーやスノボをするツアーが人気だよね」
壮星の問いが聞こえていたレイノルドはカイの変わりに応える。
「西隣にあるウェストランド・タイ・ポウティニ国立公園のフランツジョセフ氷河もヘリコプターで行くのが有名だよな」
レイノルドの助けによって壮星の質問を理解したカイは、レイノルドの応えに補足すると、前に聳え立つ山々を眺めた。
「それ、テレビで見たことある」
「氷河を食べたりしてた」
双眼鏡を堪能した凛と結月が会話に興味を示すと、カイ同様に山々を見上げる。
「氷河が食べたいんか? あんなんただの水やろ」
「汚染されていない氷なんて貴重だよ」
「だなぁ」
「今から氷山を超えていく。時間があれば、ひと気のないところで止まってやる」
アルプスの綺麗な氷に興味を示していた結月達にモアナが提案すると、壮星がモアナに思い切り抱きつきた。
「モアナぁ~ 大好きぃ」
「何だ、壮星、どうした・・・」
「モアナぁ~」
「ありがとうっ!」
突然自分の胸に飛び込んできた壮星に驚いていたモアナだが、両脇に結月と凛からも抱擁を受けると緊張で固まってしまう。
「モアナ、モテモテだね」
「だなぁ~、 あははは」
ここまでの道中、アオラキや彼の兄弟からマウイ神の力が必要だと諭されたカイは、自分の命がもう直ぐ終わるのだと思うと、覚悟をしていたとは言え、心が重くなっていた。そのため、皆の笑いは若干カイの気持ちを軽くはしてくれたが、それと同時に彼等との別れが近いことに寂しくも感じていた。
『お前が背負う事はないっ! 生贄なんかになるなっ!』
ウルタプと出会ったときに会話を許された父義海がカイに告げた言葉が突如脳裏を駆け巡ると無意識にアリを探した。カイをずっと見守っていたアリは、彼の気分が徐々に沈みかけていることに気付いており、視線を合わせると固い笑顔を送る。
旅行の間もずっとアリはカイが生贄にならずにすむ方法を探し続けていた義海の資料を調べており、時折アリは彼の家族に色々と調べさせていたのだ。
『義海は何か見つけたのか? それとも・・・』
否定的な考えが頭に浮かんだアリは、すぐさま首を左右に振った。すると再度カイと視線が合ってしまい、心を読まれぬように肩が凝っているフリをして身体を伸ばすと親指を立てて笑顔をつくる。そして、
『大丈夫だ、カイ』
心で思い切り叫んだ。
モアナのワカで氷河を超えた一同は、マウント・クックの西側にあるウェストランド・タイ・ポウティニ国立公園に辿り着いた。
4人目の僕フアが待つウェストコーストまであと少しである。




