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マウント・クック

 色鮮やかなルピナスの花に彩られた昼の顔に加え、宝石を敷き詰めたような星空を持つ夜の顔のテカポも満喫できた一行は、マウントクック国立公園までフェヌアの力でアリの車ごと地中を移動することにする。

 世界遺産・マウントクック国立公園は、アオラキ(マオリ語で雲を突き抜ける山)とも呼ばれ、ニュージーランドでは最高峰であり最大級の氷河が広がり、公園の40%が氷河で覆われている。公園内にはニュージーランド固有の高山植物や、ケア(オウム)など希少な野生動物が生息しており、難易度の高いトレッキングコースや、氷河湖ツアー、タスマンバレーツアー、星空観察など様々なアクティビティが用意されている。

 

 カイ達は、マウントクック国立公園内にある渓谷で「フッカーバレー・トラック」と呼ばれるハイキングコースにある3つの吊り橋の一つに辿りついていた。この全長約10キロ(往復)のハイキングコースは、比較的平坦で急な上り下りが少なく、初心者から経験者まで楽しむことができる。

 春から夏(10月~4月)はウォーキングやハイキングに最適で、特に12月から3月にかけては、マウント・クック・リリー、アルプスデイジー、ゲンチアナ、エーデルワイスなど、高山植物が美しく咲き誇り、雪を薄っすらと被り険しさを残す名峰の顔を少し和らげてくれる。


「山頂に雪が残っていて綺麗・・・寒っ!」

「真夏なのに風が冷たいね。古着屋さんでコートを買っておいて正解だね」

「この景色も最高だあ!」 

 アリの車から下車した女子二人が寒さで抱き合う隣で、両手を高々と挙げ山々に届くような大声で壮星が叫ぶと、ハイキングに訪れていた多くの人々が笑顔で通りすぎる。


「こんなに沢山の人が一度に渡っても大丈夫なのかな?」

 凛の不安に彼女の両脇に立つ結月と壮星もゴクリと唾を飲み込む。

「ドンビ チキン」

 アリはそう吐き捨て涼し気に壮星達の横を通り過ぎると、大勢の人に紛れて吊り橋を渡り始める。

「チキン?」

「鶏?」

「どこ?」

 アリの言葉で結月達の耳に残った言葉を各々が口にすると、クエッションマークが頭上に立つ。

「チキンは俗語で臆病者って意味だよ」

 結月達の背後で控えていたレイノルドがアリの言葉を訳すとウィンクをした。

「ほら、行くぞ」

 なかなか一歩が出ない壮星の肩に手を置いたカイもウィンクを投げかける

「かっ、川が流れてるけどさ、この吊り橋はそんなに高くない・・もんな」

「だなぁ」

 勇気を振り絞った壮星は、ぐっと凛の手を握ると、右足を吊り橋に置く。

「うわっ、結構揺れるのね」

「沢山の人が乗ってるしね」

「風も強いしな」

 吊り橋が予想外の揺れをするため、結月達は思わず橋の両側に備え付けられた安全柵を握る。

 山から下りてくる冷たい風に帽子が飛ばされないように頭に手を置いたカイは、ふと後ろを振り返る。

「あれ? フェヌアは?」

 いつもと違い随分と静かにカイの後に続いて吊り橋を渡っているウルタプとモアナに気を留めたカイは、フェヌアの姿がないことに気付く。

「ああ、ご挨拶にな」

「ご挨拶?」

「そや、ここにもマウイ様のご友人がおられるのや」

「そうなんだ・・・ もしかしてアオラキだったりして」

 昔父の義海が話してくれたマオリ族の伝説を思い出したカイは、何気なくアオラキの名を口にする。

「アオラキ様や。聞いてはんで」

「ウップス」

 カイは口に右手を置くと両肩を上げた。


 マウントクックと併記される「アオラキ」は、父なる空ラキヌイの息子で、3人の兄弟たちと共にカヌーで海を渡っていたところ転覆してしまう。カヌーの先端に這い上がった彼らを、凍てつく南風が石に変えてしまい、兄弟はサザンアルプスの山々、そして一番背の高いアオラキがニュージーランド最高峰のマウント・クックになったという伝説があるのだ。


「前はここも通らんかったからな」

「そうなんだ」

 マウント・クックの優美な姿をスマートフォンのカメラに収めるため、橋の真ん中辺りで立ち止まった結月達の横を通りすぎながら、カイは視線を山々へ移す。


「アオラキ様ってどんな神なんだ?」

「アオラキ様は、神というよりも少年だな。山になっても好奇心は旺盛だから、色々な場所に五感を飛ばしては楽しんでられる」

「へぇ~」

「マウイ様と似てるから、気が合ったんや」

「そうなんだ・・ あれ?」

 吊り橋のたもとにフェヌアが跪いて首を下げており彼の前には、両手を思い切り左右に振る少年が彼の隣に立っていた。

「アオラキ様」

 小さく呟いたカイだったが意識が遠のいていくと彼の顔つきが変わった途端、一瞬にして辺りが静止する中、マウイ神と入れ替わったカイと僕だけがユックリと歩みを進め橋を渡りきる。

「キオラ、バディ」

 カイよりも背が低い少年は、ふわりと宙に浮くと自分の鼻をカイの鼻に近づけ【ホンギ】をする。

「相変わらずだな、アオラキ」

「変わるわけないっすよ」

 宙に浮かぶアオラキは、カイの前でクルリと宙返りをすると左右にフラフラと揺れる。

「今度ばかりは、かなりヤバイっす」

「そのようだな」

 他人事のように軽口で語るアオラキを眺めながら、マオリ神に変わったカイは首を縦に振ると小声で応える。

「全部終わったら皆で集まりたいっすね。兄弟も喜ぶっす」

「ああ」

 あまり表情を変えずに応じると、アオラキの背後に聳える山々に視線を移す。

「山までもが穢れているのか・・・」

「最近暑くってさ、実は俺達溶けてきてるっす。兄弟なんて随分縮んだんっすよ。まっ、俺たちにはどうすることもできないっすけどね」

「そうか・・・」

 カイから浮かび上がるマウイ神が憂いな面持ちになったため、背後で控えていた僕達は唇を嚙み締めた。

「俺達も手伝うっすから、復活してっすよ」

「あ、ああ」

「まぁた、反応薄いっすね。ほいじゃ俺はこれで。久しぶりに会えてうれしかったっす。ウルタプちゃん達も寄ってくれて、サンキューっす。バディを頼んだっすよ」

「ははぁ」

 3人の僕は一度だけ顔を上げアオラキと目線を合わせると、再び頭を下げる。


『マウイ神?』

 マウイ神に意識を奪われることに慣れてきたカイは、遠くで聞こえる会話が理解できるようになっていた。そしてマウイ神の心の音の変化にも気付いていたのだ。

 止まっていた時が再び動き出し、辺りの雑音がカイの耳に届くと自身の身体が戻っていることが分かる。

「カイ、何や変な顔をして」

「え?」

 跪いていた僕達は既に立ち上がっており、カイの顔を覗き込んでいる。

「いや、別に」

 カイの返事に対して懐疑的な顔つきの僕達から逃れるように目線を山々に移す。

 そこには、変わらぬ美しい姿が横たわっていたが、カイの脳裏にはマウイ神とアオラキの会話が蘇ってくる。

「穢れ・・・」

 寂し気にポツリと言葉を零した。





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