世界一綺麗な夜空
星で埋め尽くされたテカポ湖の頭上は宝石を散りばめたようにキラキラと輝いており、圧巻の美しさに息をするのも忘れてしまうほどである。テカポに住む住民達の努力により人工的な明るさは少なく幽玄的な雰囲気が星達の煌めきを際立てる。
「うわぁ~ 世界一の星空だぁ~」
「天然のプラネタリウムだね」
「凛、それなぁ~ 星が降ってくるってこれだよな」
ツイツイが用意してくれたブランケットに包まれながら座り込んだ結月達は、夜空を見上げると星に負けないほどに目を輝かせた。
ウルタプの屋敷にあるデッキで温かい飲み物を片手に星空を眺めていたレイノルドとアリは、カイが僕達から解放されるのを待っていた。
「お待たせ」
「もういいの?」
「うん。今日はもういいって。壮星達楽しそうだな」
ミノムシのようにブランケットに包まった壮星達は、お互いをスマートフォンで撮り合っていた。その光景は微笑ましく、僕から教えられた重苦しい先行きに息苦しさを覚えていたカイは、気分を入れ替えるように澄んだ空気を思い切り吸い込んだ。
「行こうぜ」
「うん」
デッキに備え付けてある小さな階段に足を下ろしたカイにアリとレイノルドも続いた。
「おい、うちの結界外やからなあんまり遠くに行きなや」
「分かってる」
「ワイが一緒です。安心してください」
カイの肩に留まったツイツイがウルタプに応えると両羽を広げた。
「拙者の仲間も地中から見張っているでござる」
「自分の仲間も湖で待機している。何かあったら叫べ」
「うん、ありがと」
礼を述べたカイの背が徐々に遠ざかっていくのを眺めながら、不思議と僕達の口から溜息が零れた。
「テカポの星は、やっぱすっげぇ~な」
「夏空でも全然綺麗だよね」
「あ、カイ達が来たぁ」
「お、それは何だ?」
ブランケットに埋もれた壮星が亀のように頭を出すと、カイが持つピクニックバスケットに視点を合わせる。
「ツイツイからの差し入れ」
「温かい飲み物とスコーンだよ」
「儂にはミードだ。うまいぞ」
右手に持つ小さな水筒を持ち上げたアリは、ウィンクをすると持参した折り畳み椅子にゆっくりと腰を下ろした。
「ミード? 美味しいなら味見したい・・です」
「私も」
アリが持つミードに興味深々の壮星達はレイノルドに配られた空のカップを覗き込んだ。
「だめだな」
壮星達の願望をすぐさま打ち消したカイは、彼等が持つカップに大きな水筒から何かを注ぎ込んだ。
テカポ湖周辺は、夏であっても太陽が隠れると冷え込むため、ふわっと白い湯気がカップから立ち上る。
「これはミードってのじゃないんだろ?」
「ミードは蜂蜜酒だからダメ」
カップを配り終えたレイノルドは自分とカイが座るシートを広げながら壮星達に応える。
「これはマヌカだな」
壮星達の気持ちを知らないアリは、満足げにミードを口に含むとジックリと喉へと送る。
「マヌカハニーのお酒ってこと。美味しそう」
「アリ爺さんが飲んでたサイダーってお酒も名前が旨そうだったよな」
「日本だとシードルだったね」
「これ美味しいよ」
「ホットレモネードだよ」
「甘酸っぱくて美味しい」
「いや、まじこれヤバイよ」
「ツイツイに感謝だよな」
ツイツイの手作りレモネードに感動した一同は、心身ともにほっこりすると瞬きをしているような星空を眺めた。
「あの大きい星が南十字星だよね」
結月は夜空にくっきりと浮かぶ大きな十字架を指さした。
「あれ、偽だよ」
「ぶっっ」
レモネードを口に入れた壮星は思わず吹き出しそうになる。
「壮星君、大丈夫?」
「うん、アリガト。カイ、偽南十字星なんてあるのかよ」
「え~と、南十字星はあれだ」
低い位置に横向きでしかも逆さまになった小さな十字架をカイが指さした。
「あれ? あの小さいの」
「そう」
「小さいけど、あっちの方が上品じゃない」
結月が疑いの目を向ける中、凛は以外にも小さい十字架の星を気に入ったように、ポジティブな意見を述べる。
「そう言えばさ、僕さん達探しって南十字星の力がどうとか言ってたじゃん」
「ああ」
「地図見てて、変な十字架だなって思ってたんだよな」
壮星が指摘するように、ウルタプはワイポウア・フォレスト、モアナはカイコウラ、フェヌアはオマルーで出会い、最後の僕であるフアはウェストコーストに居るらしい。これらを点で繋ぐと、十字架を描くが逆さ十字のように見え、目の前にある南十字星も逆さになった十字架を描いているように見えるのである。
「今は逆さ十字ポイもんね。でも縦十字の時期もあるし見え方は色々だよ。北半球とは星空の見え方は逆だけど」
レイノルドが左右の人差し指を顔前で交差すると、夜空で輝く南十字星と重ねてみせる。
「オリオン座も逆だよな。南半球は地球の裏側だから地面に頭をつけて空を見上げてるって感じだな」
「変なのぉ~ ははは」
カップからふわりと上げる湯気を息で揺らした結月が小さく笑った。
「台風とか渦巻とかも逆回りだぜ」
「それランギから聞いたことある」
思わず凛の口から飛び出た懐かしい名に一瞬その場が静かになる。昼間の暖かさが消えた夜の空気はピンとしており、皆の心も若干張りつめてしまう。
「ランギかぁ。何をしとるんじゃろな」
アリがポツリと言葉を零すと、暖かいミードで喉を潤す。
「兄貴から聞いたんだ」
「・・うん、そう、ごめん。私」
凛はカイやアリの表情をうかがうが、すぐに視線を落としてしまう。
「台風や渦巻が逆ってどういうこと?」
夜の帳に包み込まれそうに暗くなってしまった雰囲気に明かりを灯すように、結月が弾んだ声で話掛ける。
「俺もそれ聞いたことがある。何だったっけ?」
「コリオリの力だな」
「それだ」
手を叩いた壮星は思い出したことに頭を上下に振りながら、さりげなく凛の背に手を置くと、彼の気遣いに応えるように凛が口角を少し上げ微笑んで見せる。
「何それ? わかんない」
結月の頭上に?マークが飛ぶと首を傾げ、必死で答えを探そうと顎に人差し指をつける。
「地球の自転と関係してるんだよな。北半球では時計回りで、南半球では反時計回りだって覚えてればいいさ」
カイはその場を締めくくるように簡単に説明すると、再び空を見上げた。
兄ランギの名を久しぶりに聞いたカイの心に亡き父義海の面影が浮かぶと輝く星空に彼の姿を探した。
【親父、兄貴もこの星空を見てるのかな】
心でそう呟いたカイは、そっと胸元に手を置いた。




