ミーティング
テカポに到着した一同は初めてウルタプの家へと招待される。テカポ湖周辺で有名なルピナスの開花時期を逃してしまったが、ウルタプの采配で彼女の家がある別世界の領域で再現をしてもらい、結月達は写真撮影に夢中になる中、カイはマウイ神の僕に呼ばれウルタプの家へと足を踏み入れていた。色取り取りの花が飾られる室内は明るく、ログハウスの良い香りに旅の疲れが癒されたカイであったが、硬い表情を崩さずテーブルを囲む僕達を前にカイもゆっくりとログチェアに腰を下ろしたのだった。
「トゥテ・ラキファノア様が言うには、やはり母様に何かあったようやな。カイのTIKIが狙われたって言うたら、母様のマナが弱ってるか、最悪行方知らずで探すためとちゃうかって心配してはったわ」
そう告げたウルタプは、ツイツイが用意した大きなカップを手にすると、ゆっくりと口元に持ち上げた。
フィヨルドに立ち寄った際、出会ったマウイ神の友であるトゥテ・ラキファノアは、マウイ神の母で月の女神であるヒナとも仲が良く、ヒナが時折トゥテ・ラキファノアを尋ね酒を酌み交わしていたのだが、最近ヒナの訪問がなく憂慮していたところ、月族の不穏な動きを感じ取ったと言う。
「あの御仁でもヒナ様のマナを感じ取れず、ご壮健であるかも知らぬとは、尋常でないでござる」
「だな。海族も同じだ。やはりテ:イカが弱っているらしい、それによって海族も海底に留まることが多くなり、海の環境が悪化しているようだな。それに、時折潮の満ち引きが止まるらしい」
海の生物達から情報を収集したモアナは、眉間にしわを寄せ強く腕組みをすると鼻を大きく膨らませた。
「ますます深刻でござるな」
「月族の力も弱ってるってことか」
マウイ神が釣りあげた巨大魚テ・イカは、神話にあるようにニュージーランド北島だけでなく、今では日本から南太平洋の下で大地を支える役目をマウイ神から与えられていた。それによって、日中の明るさには耐性がなかった海族にとっても、テ・イカが海面を覆うことで昼夜問わず行動範囲が増え、その礼としてテ・イカの世話や海の浄化を海族が担っているのだ。
「ロゴ・トゥムヘレは復活しそうなんか?」
「タンガロア様に討伐されたのだから、復活など不可能なはずだ」
「タンガロア様ってあの有名な海の神だよね?」
「ああ」
険しい表情の僕達の会話を静かに聞いていたカイの疑問に、モアナが短く答える。
「ただ・・」
モアナが組んでいる腕を解くとテーブルに置かれたティーポットから湧き上がる湯気に視線を移す。
「ただ、何や?」
モアナの視線の先にあるティーポットを自分の方へ寄せながらウルタプが質問する。
「海の環境が悪すぎる。汚染と言うべきか。あの状態では海族は海面に上がれず、環境はますます悪化するだろう。テ・イカが弱り、タンガロア様の逆鱗に触れるかもしれん」
「あのお方も気が短いでござったな」
「ああ」
「前みたいに大波を起こされて森が壊れたら嫌やで。またタネ様と喧嘩になるやんか」
「ああ」
「仲裁にマウイ様がまたご苦労されまする」
「ああ」
「ぷっアハハは」
いつものように反論をせずに、大きな身体を丸め素直にウルタプとフェヌアの小言を聞いているモアナの姿が可愛く見えたカイは思わず吹き出してしまう。
「カイ、何がオモロイねん」
「いや、ごめん」
真顔の僕達に睨まれたカイは、慌てて口元に手を添えると懸命に緩んだ頬の筋肉を引き締めた。
「タネ様って森の神だよね?」
「そや」
「海の神タンガロアと仲が悪いのか?」
「そうや、昔色々あってな。めっちゃ犬猿の仲や」
「そうなんだ。な~んだか、神様って人間ぽいよな」
「ほんまやで」
「左様でござる」
「全くだよな」
「ぷっあははは」
カイの一言に思わず同意してしまったマウイ神の僕達は一瞬無言になった。その滑稽な表情にカイがまた吹き出してしまうと僕達もカイに続いて笑ってしまう。
3人の僕はテーブルに乗り上げていた身体を背もたれに預けると、緊張で固くなっていた筋肉が若干緩み、腹を抱えて笑うカイを見つめる。
「ゴホンっ、とにかく、急いだ方がいい」
再び気を引き締めたモアナが腕を固く組むと力強く告げた。
「悔しいけど、フアの力が必要やわ」
「同感でござる」
「ほな、明日からの移動にマナが大量に必要やから、仰山食べるで」
「ウルタプ・・・お前の出番は少ないだろ。フーッ」
モアナは眉間にしわを寄せ、大きく膨らませた鼻穴から空気を出すとテーブル中央に置いてあった花が揺れた。
「アハハは」
強い口調で告げたはずのモアナだったが、ウルタプとの会話がまたカイの笑いを誘ってしまう。
「今日は移動しないのか?」
顔の緩みを整えながらカイが僕達を眺めながら尋ねた。
「ここから西へは氷山越えになる。途中森も少ないし、用心のために明るくなってから移動した方がええわ。それに星が見たいやろ」
「星っ! 見てもいいのか?」
「ええで。夏やから冬空ほど綺麗かわからんけどな」
「十分だよ。ウルタプ、ルピナスの花といい、ありがとうな」
真顔でカイに感謝を述べられたウルタプは、頬をポッと赤く染めると慌ててカイから視線を逸らした。
「ウルタプ様のお屋敷、素晴らしいですね」
「本当だぁ、ログハウスの良い香り」
「お花もすごく素敵。それからルピナスも有難うございます」
大満足な表情でウルタプの屋敷のドアを開けた壮星達は、玄関で靴を脱ぎ丁寧に一列に並べると、家の中に入ってくる。
「靴ぬがんでええで」
「あ、でも、綺麗だし・・それに」
皆一斉に靴下だけのカイの足元を見る。
「カイ、あんたも裸足なんか? おもろいな」
「あはははは」
楽し気な笑い声がログハウス内に響くと、花々達も笑っているように見えた。




