ファームへ
結月達は目前で起こった数々の想像を絶する出来事と長旅の疲れから、アリの車に乗り込んだ途端、座席に崩れ落ちるとすぐさま浅い眠りに落ちてしまう。ワイポウア・フォレストに辿り着くまでの道中は賑やかだった車内が、音を失いシンと静まりかえるが、暫くすると砂利道の上をタイヤが回る音が車内に響き、アリのファームの到着を知らせた。
「おーい。着いたぞ」
「皆、速攻で寝ちゃってたね」
車のドアを開けながらレイノルドがカイの結月達への呼び掛けに付け加える。
「えらい遅かったなぁ。心配したわ」
人間の姿をしたウルタプが眉間にシワを寄せながら、下車したカイを下から睨みつける。
「やっと来たっ!」
「どこか寄ったのか?」
カイの従姉兄のキャサリンとオリバーも、ウルタプ同様に待ちくたびれた形相でカイ達を出迎えた。
「ウルタプ・・ 随分と早かったな」
「当り前や、森の移動なんか1秒もかからんわ」
「おおお、ケイト、オリバー、出迎えご苦労。はっははは」
耳を疑うようなウルタプの発言にキャサリンとオリバーの動きが一瞬止まるが、すかさずカイがそんな彼等に大きなリアクションで語り掛けたため、ウルタプの発言が彼等の脳から消去される。
「ハンギが出来上がるんや、はよ行くで」
キャサリンとオリバーに歩み寄ろうとしたカイだったが、ウルタプに首根っこを掴まれると連れ去られてしまう。
呆気に取られた二人だったが、置き去りにされたレイノルドと共に肩を竦めると、アリの車内を覗き込んだ。
「はははっ! 寝起きだな」
「うん、まだぼーっとしてる」
車内では夢見心地の結月が大きな欠伸をしていたが、車の窓に張り付いている2つの影にギョっとすると悲鳴を上げた。
「うおっ! 姉ちゃん今度は何だ!」
「きゃっ! 結月、大丈夫?」
結月の叫びに驚いて目を覚ました壮星と凜が何事かと目をパチパチとさせたが、車外での大きな笑い声に気が付くと照れ笑いを浮かべた。
「あはははっ!」
笑いが止まらないキャサリンは涙目になりながら車のドアを開けると、寝起きから頭の回転が鈍い3人の視覚に光が注がれる。
「おはよ――」
濃茶の髪色によって美しく際立ったキャサリンの青い瞳に結月達の姿が映ると三人はようやく意識をはっきりとさせる。
「ケイト?」
「そうだよ」
「おおお、オリバー」
オリバーの姿を見付けた壮星は、まだ動きの鈍い結月を押しのけ声を掛けた。
「アリのファームに着いたよ」
バックドアを開けたレイノルドが荷物を手に取りながら結月達に声を掛ける。
スッカリ目を覚ました結月達は、車外に飛び出ると、三人同時に大きく伸びをしたため、再びキャサリンに笑われる。
「ケイトとオリバーはどうしてここに?」
いつもの癖で右手を頭にのせ舌を出した結月がキャサリン達に尋ねた。
「ダディが住んでるからね」
結月達は昔キャサリンから聞いた彼等の家庭事情を思い起こすと無言になった。
キャサリンとオリバーの両親は離婚しているにも拘らず、彼等の母ハンナ、つまりアリの娘の元旦那ケイレブが、アリのファームに住んでいる事に結月達はどう反応していいのか分からなかったからだ。
「日本では考えられないけどね、ニュージーではよくあることだよ。ちなみにケイレブのパートナーも一緒に住んでる」
戸惑い気味の結月達にレイノルドが拍車をかける。
「えええ」
日本人社会では一般的ではないオープンな関係に、コメントが見つからず結月達は苦笑いを浮かべた。
「ほら、ダディが皆のために朝からハンギ作ってるよ。行こうっ!」
「あれ? カイは?」
カイの荷物を担ぐオリバーの姿にカイが居ない事に気付いた結月が不安な顔をする。
「ガールフレンドに連れ去られたよ。アハハハ」
「ガールフレンド?」
結月だけでなく、壮星と凜の頭上にもハテナマークが浮かぶ。
「ウルタプの事だよ」
一足先に歩き出したレイノルドが振り返ると困ったような顔で応えた。
「ウルタプ様が到着してるんだっ!」
先程まで寝起きで気だるげだった壮星の気力が蘇ると、凜の手から彼女の荷物を奪い、さっさとその場から立ち去ろうとする。
「ウルタプ様とカイは何処に行ったんだぁ?」
ブツブツと言いながら建物に向って歩く壮星の後を、レイノルドも続いた。
「あの子、ウルタプって言うの?」
歩きながらキャサリンに問われた結月は少し困った顔をすると首を縦に振る。
「カイのカノジョなのか?」
結月達の前を歩くオリバーに興味津々の形相で質問された凜と結月は二人同時に顔を見合わせる。
「私達が話していいのか分からないから、カイ君に聞いてみて」
「おっ! 訳アリってやつ。面白い」
いたずらっ子全開のオリバーが、カイの荷物を頭上に載せると早足で結月達から去って行く。
「ハハハ 皆、忙しいね」
キャサリンは風が吹くように、その場から急ぎ足で消えていく壮星達の背中に笑い掛けた。
「ねぇ、ハンギってマオリ族の伝統料理だっけ?」
「そうそう、マオリの料理。穴を掘ってそこに熱した大きな石を沢山入れて、バナナの葉で包んだ肉と野菜を料理するの」
「ウルタプさんが、バナナかフラックスか? とか言ってた」
「フラックスって亜麻仁油の?」
「それそれ、ハンギでフラックスの葉を使う人もいるよね。それぞれの家庭でお肉の味付けとかも違うの。私のダディやお祖父ちゃんのもスッゴク美味しいよ」
空腹だったのを思い出した結月と凜は腹に手に置くと、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「美味しそうっ」
同時にそう呟いた結月と凜が、ユックリと進めていた歩を急に早めたため、キャサリンがまた小さく笑うと二人を追いかけた。
「ハンギ、超旨かったなぁ~ 林檎ソースとかも肉にあっててさ、マジで旨かった。日本に帰る前にまた食いたいなぁ」
夕食後の食器洗いのボランティアをかってでた結月と凜の背後から、両手が皿で塞がった壮星が大きくなった胃袋をぶら下げて現れる。
「本当に美味しかったねぇ・・・ 林檎ソースやミントソースはアリお祖父さんの手作りって言ってたよ。ジャガイモとサツマイモもホクホクだったし、パースニップ? 白人参だったっけ? 初めての味だったけど美味だったね ・・・あれ? 結月ぃい?」
食いしん坊の結月が食べ物の話題に喰いつかないのを不思議に思った凜は、いつもよりも強い口調で声を掛ける。
「あ、うんうん。お肉が柔らかかったし、羊肉って苦手だったけど、全然臭くなかった。ミントソースと一緒に食べたからかなぁ。ローズマリーやセージとかハーブの使い方が絶妙だったしね」
「う・・ん、そうよね」
ファームに着いてから時折うわの空の結月を心配する凜は、グラスを洗う手を止めると、小さな溜息が零れてしまう。
そんな女性陣とは対照的に壮星は軽くなった両手を腹に置くと幸せそうな顔をする。
「ケイレブのパートナ―がつくってくれたパブロバも美味だったなぁ」
「壮星君、洗うお皿ってこれで終わり? 食洗器を回しちゃっていいかな?」
「あ、うん。今から焚き火するって言ってたぜ。マシュマロを焼くんだってさ」
「うわぁ~ 美味しそう。ね、結月」
凛達の会話が耳に届いていないように黙々とコップを洗う結月の顔を凛が覗き込む。
「姉ちゃん、食い過ぎて腹でも痛いのか? アハハハ」
「壮星君、もうっ!」
濡れた手をタオルで拭きながら凜が壮星に怒った顔を向けた。
「アニメだったら、指からパッと火を出せたりするんだけどな。中途半端な森の長だな」
「なんやて、ホンマに失礼な奴やな。火を操るのは・・ あの方だけや」
一見、口論していそうだが、どこか愉し気な口調のカイとウルタプが、結月達の居るキッチンに入ってくる。
「結月も凜も後片付け、サンキューな」
最後のコップをラックに載せた結月は、凜からタオルを受取るとカイの方に振り返り、無理やり口角を上げ笑顔をつくる。その硬い表情に気付いたのは凜だけだった。
「あの方って誰だよ」
「ハァ―― またカイの心臓がビックリするから言いたぁない」
「教えろよ。気になるじゃん」
ウルタプがいつの間にかカイを彼の名で呼ぶことに凜が結月と目を合わせる。
「ほらほら、暗くなってきたからさ、痴話げんかしてないで、早くライター」
キッチンにやって来た目的を忘れ会話を続けるカイとウルタプの背後からレイノルドが現れるとカイの肩を軽く叩いた。
「レイ、痴話げんかって言うな」
「ハハハ。だって仲良しじゃん。そんなことよりも、早くライター」
「そんな事って、あのなぁ・・」
カイが口を尖らせ抗議する横でウルタプがまんざらでもない顔をするが、カイの中にあるマウイ神しか見えていないウルタプの想いを知るカイは、苦笑いを浮かべるしか出来なった。
「ライターが必要なの?」
結月はライターが必要だと告げたレイノルドではなく、カイの目を見て会話に入る。
「そう、キッチンの右端の一番長い引き出しに入っているらしい」
そう告げられた結月が、引き出しから大きなライターを取り出しカイに見せると、カイが応えるように右手の親指を立て結月にウィンクを送る。
血色が悪かった結月の頬に色が蘇ると小さく微笑んだ。




