タネ・マフタ
カイを吸い込んだ光と同様に強烈な金色の輝きが人間だけでなくアリの車までも包み込むと、その場からカイ達全員が忽然と姿を消す。
「ウルタプ、いきなり、どうしたんだよ・・・」
カイは少し不満気に呟くと光から目を守るために閉じた瞼を開いた。
「え?」
カイの視界に飛び込んできたのは車のフロントガラスで、いつの間にかアリの車に座っている自分自身に状況が掴めず一瞬戸惑ってしまうが、ハッとすると車内を確認する。すると、ぐっと瞼を閉じるレイノルドとアリが両側に居り、後ろを振返ると後部座席には結月達3人が座っていることに安堵すると大きな息を吐いた。
「よかった」
「カイ?」
カイの声が聞こえたレイノルド達は恐る恐る、自身の目を開ける。
「ええええっ! すげぇっ!」
レイノルド達はカイと同様に知らぬ間にアリの車内にいる自分に言葉を失ってしまうが、壮星だけが興奮冷めやらぬ態度で車内に雄叫びを響かせた。
「これって、ウルタプちゃん、否、ゴホン、ウルタプ様のお力だよな。いやぁ~マジ凄いんですけどっ! 席順も間違ってないしよっ!」
「煩いっ!」
「壮星君、痛いよ」
狭い車内で両腕と両足をバタつかせる壮星に状況が飲み込めていない結月と凜が冷ややかな視線をおくる。
「ここはワイポウア・フォレストの駐車場のようだな」
騒々しい後部座席をバックミラー越しに覗きながら、皆の無事を確認するとアリは車窓から辺りを見渡した。
「こんなに簡単に来れちゃうとはね・・ は、ははは」
暫く呆けていたレイノルドも正気を取り戻すと、笑いながら肩を竦める。
「それで、肝心のウルタプ様は何処に行っちまったんだよっ!」
壮星はカイの座席の背もたれを思い切り掴むと身体を乗り上げ、キョロキョロとウルタプの姿を探した。
「勝手だからなぁ・・・ とりあえず降りようぜ」
そう告げたカイの脳にウルタプの声が届く。
【マウイ様・・・ あちらでお待ちしております。お気をつけてお越しください】
先程までと全く違う静かなトーンのウルタプの声がどこか遠くに聞こえると、自分の中にあるマウイ神を感じさせられる。
【マウイ神の器・・・ 父さんの死】
非現実的な出来事が続く中で、全てが夢であって欲しいと願っていたカイは唇を嚙んだ。
「カイ?」
いつの間にか下車していたレイノルドが首を傾げカイに声を掛ける。
「お、おお」
車外に出たカイは大きく伸びをすると空を見上げた。
木々の隙間から見える空は青く、新緑の香りを含んだ風がカイを包み込むと突如現実に引き戻された気がした。結月もそんなカイを眺めながら同様に両腕を天高く上げると、先程までの出来事が夢だったのかと確認するように自分の頬を抓った。
「カイ君、タネ・マフタってここから遠いの?」
「なぁ、ウルタプ様は何処にいっちまったんだよ~」
駐車場から出て一足先に道路を渡った凛と壮星が振り返るとカイに呼び掛ける。
「いや、歩いて直ぐだよ。ウルタプは向こうで待ってるって」
「うひょ―― 急ごうぜっ!」
「もうっ!」
頬を膨らませる凜と壮星の間に、道路を駆け足で渡って来た結月が入ると壮星をはねのけた。
ワイポウア・フォレストの入口にはゲートが設置されており、靴の泥を落とし消毒をしてから中に入るように促される。
無料で入れるワイポウア・フォレストの入口に係員は居ないが、カウリの木を守る活動への理解と協力を訪れる人々に求められる。
「ここでちゃんと靴を消毒しろよ」
「あ、うん」
「靴に付いてる変な菌が森に入ったら大変だからね」
結月達はカイを真似て自分達の靴を消毒すると神妙な面持ちでワイポウア・フォレストへと足を踏み入れた。
「ハロー」
ワイポウア・フォレストウォークから帰ってきた観光客がカイ達にフレンドリーな挨拶をする。
木々が空を隠す森は若干薄暗いがジメジメとした空気は漂っておらず、強い紫外線から守られた肌がほっとする。
今つくり出されたような新鮮な酸素を結月達は思い切り肺へと送り込むと、身体中に流れる血液が活性化されエネルギーがみなぎる気がした。
「はぁー 空気が美味しい」
タネ・マフタまでの道のりは綺麗に舗装されており、結月達は辺りを見渡しながらカイ達の後に続いた。
駐車場には数台の車とバスが停まっていたため、森の中は混雑しているのかと思われたが、入口ですれ違った人達以外は貸し切り状態だった。
「俺達だけの森だなぁー」
壮星はウルタプの気配を探すようにキョロキョロと辺りを捜索しながら歩いていたため、突如立ち止まったカイの背中に鼻をぶつけそうになる。
「あっぶねぇ~ もしかして、この木がタネ・マフタ?」
柵の向こうには白い巨木が天に届く勢いで垂直に聳え立っていた。
【アアア・・・ マウイ様、お久振りでございます】
カイの心に直接響くような声が聞こえる。
「え?」
「カイ、どうしたの?」
声の主を探すようにカイが首を左右に動かしていると、レイノルドが不思議そうな顔でカイを覗き込んだ。
「ウルタプ様の登場か?」
ウルタプとの再会が待ち遠しい壮星は心が躍ると興味がタネ・マフタから逸れてしまう。
「壮星君、ウルタプさんのことよりも、タネ・マフタの方が大事」
「そうよ、まったく。見てよあの大木。博物館の写真にあったみたいに、木の下の方には枝が無くて見事に真っ直ぐよ」
結月は壮星の顎を掴むと顔をタネ・マフタに向けさせる。すると、すぐさま壮星の目の色が変わり、両手を胸元で組んだ。
タネ・マフタの背後から人型をしたウルタプが姿を現したのだ。
「こらっ、ウルタプ、カウリ木の根は弱いんだから踏むなよ」
「あんたに言われんでも、そんなん知ってるわ」
口を尖らせたウルタプが不機嫌な顔をする。
「森の長にそんな失礼な事を。ねぇ――ウルタプ様・・・ うぉおおおおっ! ウルタプ様危ないっ!」
ウルタプとの再会に弾ませていた胸の鼓動が急激に速くなると大声でウルタプへ危険を知らせる。
先程まで巨木として聳え立っていたタネ・マフタがウルタプの背後で大きく左右に揺れ出したのだった。
「カイっ! 木が揺れてるよっ!」
「やだっ地震?」
「でも、地面が揺れてないよ」
「見ろよっ!」
壮星が指差す方向を見た結月達は腰を抜かしそうになる。タネ・マフタだけが動いていたはずが、今では森の木々全てが動き出したのだった。
恐怖心と興奮状態が入り混じり右往左往するレイノルド達と違い、森一帯は静まりかえっていた。ワイポウア・フォレストに住む生き物にも動じる様子はなく、鳥達は揺れ動く木々に楽し気に留まっている。
【マウイ神様・・・ マウイ神様・・・ マウイ神様】
カイの身体の奥深くに沢山の弾むような声が聞こえる。
「皆、無事でなにより」
カイの口からポロリと自分の意思とは無関係な言葉が零れた次の瞬間、左右に揺れていたタネ・マフタがピタリと止まると首を垂れ始め、他の木々達もそれに続いた。
「今度は何?」
「こっちに倒れてくるの?」
「否、違う、お辞儀してるんじゃないか?」
壮星の指摘通り、森の全てがカイ達を中心にして敬意を払うように樹頭を下げたため、結月達はゴクリと唾を飲み込むと黙りこんでしまう。
「カイ?」
カイの隣に立つレイノルドは、カイの首に掛かっているポウナム石TIKIがフワリと浮かんでいる事に気付き彼に声を掛けるが、カイには動揺の欠片も見られず、それどころか心地の良い表情を浮かべていた。そして幼少期に虐めの原因となっていたカイの首から肩、腕に掛けての痣が、白いTシャツの下からでも透けて見えるほどに濃くなっており、半袖から出る両腕にまでその痣が広がっていたが、それは今までとは違い、タトゥーのような美しい模様となっていた。




