第9話 久野井忍者道場
ある日曜日の午後。
天野は久野井弥生と久野井忍者道場へ向かっていた。
久野井忍者道場は静かな山の中にあった。
「この山は久野井家の所有する山なのよ。ほら私の家に着いたわ」
弥生の家は久野井忍者道場の隣に建っていた。
古風な感じの家であった。
なかなかの豪邸だった。
玄関に入ると弥生の母親の久野井由紀子が出迎えた。
「ああ、どうもはじめまして天野悟といいます」
「あら、いらっしゃい。弥生のボーイフレンドね」
客間に入ると、無表情な顔をした中年の男性がじろりと天野を見た。
「はじめまして天野悟といいます。よろしくお願い致します」
「君が弥生の結婚相手かね」
「結婚ってまだ付き合ってもいません。僕達」
「何言っているのだね。弥生は未来のことを予知できるのだよ。君達が結婚することは決まったも同然だろう」
久野井の父親の久野井隆三が天野に向かって言った。
「お父様、天野君を私の弟子にしてもいいかしら」
弥生が父親に聞いた。
「うん、しかし久野井忍法を習うからには私の弟子でもあるからな」
そういうわけで久野井弥生の弟子として天野は久野井忍法を修行することになった。
「今から練習が始まるから道場に来なさい」
木造で作られた道場は木の香りがしていた。
道場には30人ほどの練習生がいた。
「みんな今日から久野井道場の練習生になった天野さんだ」
道場主の久野井隆三が声を放った。
「天野悟です。よろしくお願い致します」
弥生も黒い忍者服に身を包んでいた。
何かいつもの弥生とは違う凛々しさが漂っていた。
ふんわりとくノ一の色気が漂っていた。
忍法の指導者としての貫禄を感じた。
「それでは準備運動を始めよう」
隆三の一声でみんな動き始めた。
柔軟体操的な動きがメインだった。
「次は受け身よ」
弥生が言うと天野に近づいて来た。
「天野君、久野井忍法の受け身は柔道の受け身に似ているけれど、音を立てないようにするのよ。わかった」
天野は受け身は柔道経験者だったのですんなりできた。
「久野井忍法って言うけれども、今の時代忍者道場だけではやっていけないのよ。だから武道的な要素を取り入れているのよね。護身術としての忍法なのよ」
他の練習生達は柔術的な技の練習をしていた。
「そうね。ただ武道的な練習をしてもつまらないから久野井忍法の空気投げを教えてあげるわ」
「空気投げ?」
何か柔道の技で聞いたことがあるような気がした。
「柔術にも通じるものがあると思うわ。よく見てなさい」
弥生が合図すると若い女性の練習生がやってきた。
「柏木さん、今から空気投げをやるから受けてみて」
「はい」
柏木さんは弥生と向かい合って立った。
弥生が両手を輪を描くようにして動かすと柏木さんが吹っ飛んだ。
相手に触れずに倒すとはまさに空気投げだった。
「何ですか?これは」
天野は唖然とした。
「気を使った上級者用の技よ。天野君は念力を使えるからできるとは思うけれど、私は気を使ったのよ。相手との間にポイントを決めて気を放つのよ。さあ、私に技をかけてみなさい」
天野は弥生との間に気のポイントを適当に決めて気を放ってみた。
しかし弥生はびくともしなかった。
「いい、気の流れを見るのよ。じっと見ていると自然と気を放つポイントがわかるはずよ」
天野は言われた通りにじっと気の流れを見ようとした。
気の流れを見ろと言われても初心者には何のことだかわからない。
そこで念力を使って弥生を投げてみた。
「今念力を使ったわね。空気投げに似ているけれど、ちょっと違うのよね。気を使った空気投げもできると色々と便利よ。佐久間さんちょっと来て。天野さんが空気投げの練習をするから相手になってあげて」
佐久間と呼ばれた若い男性がやって来ると、天野にペコリと頭を下げた。
お互いに礼をして向かい合った。
天野は佐久間と空気投げの技の練習をした。
佐久間はきれいに天野を空気投げで投げた。
佐久間に空気投げのコツを聞いたが、数を重ねて練習するしかないと言われた。
何回も練習するうちにぼんやりとコツみたいなものがわかってきた。
練習するうちにぼうっと白い気みたいなものが見えるようになってきた。
その気みたいなものが見えたポイントに天野が気を放つと佐久間が倒れたのだ。
「できるじゃないですか」
佐久間が感心して立ち上がった。
その後何回も繰り返して練習するとできるようになったのだ。
「うん、やっぱり念力の使い手は違うわね」
弥生が感心して頷いた。
「うん、今日はこれで練習終わりよ。初めから飛ばすと長続きしないからね」
その日、天野は弥生に見送られて帰った。




