第17話 時間喫茶の時次郎
授業が終わったので天野が部室に顔を出すと弥生が一人でチラシを見ていた。
弥生はさっき忍から変なチラシをもらったのだ。
そのチラシには『時間喫茶の時次郎』という文字が書かれていた。
週に1度だけ営業する『時間喫茶の時次郎』という山の中にある不思議な喫茶店が今世間でちょっと話題になっていたのだ。
コーヒー1杯で1万円するらしいのだ。
そのコーヒーというのが魔法のコーヒーでそれを飲んだら過去にタイムスリップできるらしいのだ。
早速その店へ好奇心旺盛な天野と弥生は行ってみた。
たまたま今日は週1日の営業日だったのだ。
店にはまだ誰もお客はいなかった。
中年の男性が現れて言った。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
「いや、あのチラシを見て来たんですけれど」
「どうぞ、お座り下さい。この紙を見てもらえますか」
男性がチラシみたいな物を持ってきて天野と弥生の前に座った。
「この喫茶店は過去にタイムスリップできる場所です。過去と言っても10年以内ですけれどね。日本国内だけですけれどね」
「タイムスリップって、あなたは魔法使いか未来人なのですか?」
天野は男性を見た。
「ははは、それは企業秘密です。いやならお帰りになっても結構ですよ」
「話だけでも聞いてみようよ」
弥生が言った。
「コーヒーを1杯注文すると、それを飲んだ人は過去へタイムスリップできるのです。日本国内ですけれどね。過去にタイムスリップできても過去を変えることはできません。自分の行きたかった過去へただ帰って見てくるだけなのです。1時間したら現在に戻ってきます。ただそれだけのことです」
「なるほどね」
弥生が納得して頷いた。
「コーヒー1杯1万円を高いと思うか安いと思うかは人それぞれです。どうですか。飲んでみますか?」
「面白そうね。飲むわ」
弥生はあっさり言った。
「じゃあ、僕も飲むわ」
天野はコーヒー1杯1万円は高いなと思いながらも誘惑には勝つことができなかった。
その中年男性は時次郎という名前でこの店の店長だった。
多分異能者なのだろう。
そうでなければ魔法のコーヒーなんて作れるわけがないからだ。
時次郎が二人の前にコーヒーを持ってきた。
魔法のコーヒーと言っても普通のコーヒーにしか見えなかった。
「このコーヒーを飲みながら、あなた方が戻ってみたい過去を思うだけでいいのです」
天野と弥生はほぼ同時にコーヒーを飲んだ。
天野は少年時代に自分を可愛がってくれた祖父に会いたかった。
天野がコーヒーを一口飲むと、祖父の家にいた。
天野少年は猫を膝に乗せた祖父の歳三と向かい合ってお茶を飲んでいた。
「おじいちゃん、人は死ぬのにどうして生まれてくるの?」
天野少年は素朴な疑問を祖父にぶつけた。
「はは、えらく哲学的な質問だな。それじゃあ、人が死ななかったらどうなると思う?」
「うーん、あんまり長生きし過ぎると苦しいことが増えるかな」
「そういうことだな。何事もほどほどがいいということだな。ほどほどに長生きすることがいいということだよ」
弥生がコーヒーを一口飲むと川沿いの道路に立っていた。
時刻は昼過ぎだった。
弥生少女の前を一人の老婆が重そうな鞄を持って歩いていた。
弥生は何だかふと老婆の鞄を持ってやろうと思った。
「おばあさん、重そうですね。鞄を持ってあげますよ」
弥生がそう言って鞄を持ってあげると老婆は嬉しそうに微笑んだ。
しばらく歩くと老婆が言った。
「お嬢ちゃん、もうここでいいよ。優しいんだね。おばちゃんがご褒美をあげよう」
老婆はみるみるうちに若返ると、弥生の頭に軽く手を乗せた。
「未来のことがわかる力と人の気持ちを読む力をあげよう」
弥生が気づくともうその女性はいなかった。
その時から弥生は未来を予知する能力とテレパシー能力を持つようになったのだ。
天野と弥生はふと気づくと喫茶店の中にいた。
「どうでしたか。時間の旅は?」
時次郎が微笑んで言った。
「いや、何かいいですね」
天野はそれしか言えなかった。
今はもういない祖父に会えて胸がいっぱいだった。
「そうね。悪くないわね」
弥生は少女時代の不思議な思い出に出会えて何だか嬉しかった。
二人は会計を済ませると『時間喫茶の時次郎』から出た。
「たまにはこういうのもいいかもしれないね」
天野が言うと、「そうね」と弥生が頷いた。




