第11話 くノ一の弥生
ある土曜日の午後。
久野井弥生は天野の実家の客間に正座していた。
その日の弥生は若い女性らしく華やかな洋服を着ていた。
天野と弥生の対面に天野の父親の博と母親の美里が座っていた。
「弥生さん、よくいらしたわね」
美里がお茶を淹れながら弥生に話しかけた。
「どうもはじめまして久野井弥生といいます」
「実は弥生さんと結婚するつもりなんだよね」
「あら、いいんじゃないの」
美里は嬉しそうに微笑んだ。
堅物の息子が結婚できるか心配していたのだ。
「卒業してから結婚するのだろう」
博が若い女性を前にしてそわそわしながら言った。
「結婚する前に就職する必要があるからね。就職活動を頑張る必要があるな」
「それで弥生さんのご趣味は何かしら?」
美里が尋ねた。
「私の趣味は久野井忍法です。私の家で久野井忍法を教えているのです。天野君は私の弟子なんです」
弥生の言葉に博と美里は呆気に取られていた。
「おまえ、忍者になるのか?」
博が天野に訊いた。
「あの、その。護身術だよ。今の世の中物騒だからね」
「ということは弥生さんはくノ一なのね。素敵だわ」
美里が変な所に感心していた。
「それじゃあ、僕達今日はこれで帰るわ」
天野は弥生が何を言い出すのか心配だったので実家から出て来た。
「天野君のお父様やお母様ともっとお喋りしたかったな。天野君、私の忍者道場まで走ろうか。久野井忍法の走り方は体を前に傾けながら自然に走ることよ」
天野は弥生の後を追いながら走った。
「いい、足の裏から気を出すような感覚で走るのよ」
天野は足の裏から気を出すと言われても何のことだかわからなかった。
ただひたすら弥生を追いかけたのだ。
「体全体で空気に乗るような感覚で走るのよ」
天野はそう言われてもよくわからなかった。
気がつくと山を駆け上がって久野井忍者道場に着いていた。
天野はハアハア言っていたが、弥生はケロリとしていた。
久野井忍者道場では練習生達が稽古に励んでいた。
天野と弥生は黒い忍者服に着替えていた。
天野は我ながら忍者服が似合っていると思っていた。
忍者服を着ると本物の忍者になったような気になった。
弥生と天野は軽く柔軟運動と受け身の練習をした。
「天野君、今日は面白い物を見せてあげるわ。いらっしゃい」
弥生は手裏剣を投げる練習をしている練習生達の所に天野を連れてきた。
三人の練習生達が車剣と呼ばれる手裏剣を木の的に向かって投げていた。
「忍者と言えば、やっぱり手裏剣よね。手裏剣というと忍者特有の物と思われがちだけれど、武術のひとつとして武士が練習していたのよね。手裏剣には車剣と棒手裏剣等があるのよ」
弥生は道具箱の中から十字の形をした手裏剣を持ってくると
「いい、これが十字手裏剣よ。手裏剣を持って投げたい方向に向かって飛んでいく軌道をイメージして投げるのよ」
弥生が手裏剣を手にして投げた。
木の的の中心に見事に命中した。
「天野君も投げてみて」
天野は手裏剣を手に持つと何だか感激した。
小さい頃からテレビで忍者達が手裏剣を投げるのを憧れを持って観ていたからだ。
投げる方向に向かって軌道をイメージして投げた。
手裏剣は的の中心から大分外れて刺さった。
「まあ、初めから上手い人はいないから気にすることはないわ。手裏剣がどんな軌道を描いて飛んで行くのかを自分の手で覚えることが大事なのよ」
しばらく天野は手裏剣を投げ続けた。
上手くはないが何だか楽しいのだ。
忍者ごっこをしているような感覚だった。
無心に投げていると的の中心に当たるようになってきた。
「うん、なかなかいいんじゃない。天野君は念力を使えるから投げた手裏剣を軌道修正することができると思うわ。私は気で軌道修正しているのよ。手裏剣は昔は毒をつけて投げることもあったらしいのよね。怖いでしょう。今日は忍者の道具について説明していくからね。次に行こうか」




