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2話 すくすく株木さん

株木樹里ちゃん幼少期。


アーリアと最後に言葉を交わしてからの記憶がない。


私の視界は白で埋め尽くされていた。



私の前でせわしなく動くのはアーリアに似たサルのような生き物が数匹。


「株木さん!おめでとうございます!!元気な女の子ですよ!」


なんだろう。苦しい。


今私がしなければならないのは・・・呼吸!!


私は大きな鳴き声をあげながら、生まれて初めて外の空気を吸い込んだ。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







新たな命を授かった私の体には特に大きな欠損もなく、すくすくと成長していった。


私は"ヒト"というサルの亜種に生まれ変わったらしい。


ヒトというのは生まれてしばらくは母の身体から出る液体を養分にするらしい。

前世では肉親の姿など見たこともない私には新鮮だった。


味はよく分からない。

だが何だろう、この安心感。

カブトムシの頃には無かった感覚だ。



私はその安息感を求めて一生懸命に母の乳を吸い続けた。




今の私は「ジュリ」と呼ばれている。




思えば名前をつけられるのも初めてのことだ。


母から優しい声でこの名前を呼ばれるのは、悪い気分はしないが少々こそばゆかった。








そして月日は流れ、私がこの世に生を受けてから3年目に突入した。


「「樹里ちゃん3歳のお誕生日おめでとぉ〜!」」


沢山の料理を前に父と母が私の生まれた記念日を祝う。


「ありぁとぅ」


この頃の私はようやく言語の発音ができるようになっていた。


これまでは何か言おうとしても「あー」だとか「うー」だとかに変換されていたのだ。


こうやって使ってみると、言葉というのはとても便利である。

ただの鳴き声では私の気持ちは他人へ伝わらないのだから。



ちなみに父の名は大樹だいき


なんだか少し弱々しい男だ。

彼がカブトムシであったなら子孫を残すことは少々難しいかもしれないが、人間は強さが全てではないらしい。

母も父のことを心から愛している。

弱々しいとは言ったが私も父のことは嫌いではない。




母は里美さとみ


父とは対照的に、強く、大きく、逞しい。

彼女がカブトムシのオスであったなら、おそらくメスの選択肢には困らなかったであろう。

私は彼女の太い腕と柔らかな胸に包まれて眠るのが一番安らぐ。





そして家族はもう一人、私より2年先に生まれた甲助こうすけという兄がいた。


彼は父の血を多く継いだのか、少しばかり細めで弱々しい。

そして父と同じで優しい心の持ち主だ。

私が困った時は幼いながらも手を貸してくれたりもする。




こんな家族に囲まれながら、私はのびのびと育っていった。




それからしばらくして、私は幼稚園というところに通うことになる。

私と同じような歳の子供達が集い、"先生"と呼ばれる人からいろいろなことを教わるのだ。


カブトムシだった頃の幼少期は、誰とも関わらずにただ土をかじりながら生活していたので、なんだか新鮮な気分であった。



そして大変喜ばしいことに幼稚園で私に「友達」というものができた。



1人は優子ゆうこ


お昼寝の時間とお歌の時間をこよなく愛する娘である。

彼女が男の子数人に囲まれているところを助けたら付いてくるようになった。

私が行くところ全てにトコトコ付いてくる。




2人目はあや


中田先生という男の先生に夢中の恋する乙女だ。

綾よ。中田先生と交わってもまだ子供は産めないぞ。

この娘とはなぜ仲良くなったのかよくわからない。

だが優子と同じように私の後を付いてきたり、中田先生を追いかけて行ったりと忙しい娘であった。




普段はこの2人と騒がしいながらも楽しく過ごしている。



時には優子をいじめてくる男の子を張り飛ばしたり、


また時には綾から中田先生がどれだけ素晴らしい人物かという教えを説かれたり、


さらに別の日には自分のことが好きだという前村くんなる男の子に、「同い年の男の子全員に相撲で勝ったら認めてやる」という条件を出して絶望させたり、


幼稚園生活はなかなかに充実したものだった。



カブトムシだった頃には何も考えずただただ土を食べては排泄していた時期がこうも色鮮やかなものになるとは思いもよらなかった。



幼稚園の帰り、母の漕ぐ自転車に揺られながら私は小さく呟いた。








「素敵な生活をありがとう。アーリア。」









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







底なしの暗闇の中に小さな光が一つ。


ここは樹里が樹里となる前、アーリアからいろいろと説明を受けていた空間である。




この空間の主であるアーリアは凍りついていた。


理由は簡単。




「素敵な生活をありがとう。アーリア。」




樹里が放ったこの言葉を聞いてしまったから。



「あれ・・・?なんで?なんで私のこと覚えてるの・・・?いや、やけに理知的な子に生まれ変わったなとは思ってたけど・・・まさか!?」



アーリアは樹里を転生させる時の行動を事細かに思い出す。



「彼女の記憶・・・消して・・・ない?」



アーリアは自らの重大な過失に気がついた。


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