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1話 あるメスのカブトムシ

思いつきなのでそんなに続かないかもしれない。




二匹のたくましいツノを持ったオスのカブトムシが睨み合う。




ここは日本のどこかの森の奥。


豊潤な樹液の滴る一本のクヌギの木の上であった。


二匹を取り囲むように並ぶのは蝶、カナブン、アリなど色とりどりの虫たち。


そして、睨み合う両者の横から決闘を見届けるのは、ずんぐり太ったカブトムシのメスであった。




バキッ! ミシィッ!



二匹のオスが組み合った。互いの甲殻にツノが食い込む音が響く。


この集団の中で一番大きな生物二匹の衝突に、周りの虫達は慌てふためく。


メスのカブトムシを除いて。



バキッ!ギギギィ・・・



痛々しい音が周囲に響く中、メスのカブトムシは食事をしながらその決闘を眺めた。



隣では驚いた蝶や蛾がせわしなく飛び回り、先ほどまで同じように樹液をすすっていたカナブンが木から落下していく。



決着は早々についた。



片方のオスがもう片方を持ち上げ、そのまま放り投げてしまった。


投げられたオスは哀れにも木の下まで真っ逆さまである。

幸い下は落ち葉の山なので死にはしないだろう。



勝利したオスは自らの勝利を確信するまでツノを振り回して周囲の様子を伺う。


・・・もう邪魔をする者は何もいない。



そのことを確認すると、オスのカブトムシは、先ほどまで勝負を傍観していたメスの元へ歩み寄った。


メスのカブトムシは拒まない。


彼らはより強い遺伝子を求める。

勝負に勝ったこのオスと交わり子を産むことは本望であった。



その晩、二匹のカブトムシは命を継ぐために交わり、メスのカブトムシは秋口に沢山の卵を産んで天寿を全うした。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





暗い



暖かい



仰向けになっている。身体を起こさなければ。





目を覚ますと"私"はそんなことを感じた。


おかしい。


ワタシ・・・?


誰だ私って・・・。


ここはどこだろう。


こんなこと考えたこともなかった。


考える?考えるとはなんだろう。



分からない。


知りたい。何が起きているんだろう。



そんな支離滅裂なことを考えていると、どこかから声がした。



「お疲れ様でした。あなたは立派な子を産み、次の代への生命を繋ぎました。」


音のした方を見ると、鳥の羽が生えたサルのような、謎の生き物が立っていた。


その姿の珍妙さもさることながら、なんだこの鳴き声は?


そういえば度々山に入ってきたサル達がこんな音を発していたような・・・。


でもなぜだろう。以前聞いていた時と違って、意味が頭の中に入ってくる。



「あなたはカブトムシとしての一生を終えられました。今はあなたの認識と思考力の幅を広げて会話ができるようにしています。」



この鳴き声の意味は頭に入ってくるが正直言っていることがあまり理解できていない。



「まあ、いきなりこんなこと言っても混乱しますよね。私の名前はアーリア。まずは私の名前を呼んで見ましょう。はい、どうぞ!」


「アー、リア・・・」


「はい!よくできました!」


アーリアというサルもどきの顔が変わる。


パッチリとした目が薄くなり、頬の肉が少し上に上がった。

この顔からは敵意を感じない。


そうかこれは笑顔。そういうものなのか。


この顔を見ていて悪い気分にはならないな。


目の前のサルもどきの行動を見ていると、次々と私の頭に新しい知識が入っていく。

なんだか自分の中の世界が急速に広がっていくようだ。


「ゆっくり話しますから、よく聞いてくださいね?」


アーリアが再び話し始めた。


「あなたはついさっきまでカブトムシとして生きていました。ここまでは分かりますか?」


「わかる」


「よろしい。それであなたは寿命まで立派に生きて、つい先ほど死んでしまったのです。ここまでも大丈夫ですか?」



死んでしまった・・・死ぬとは?



死ぬ・・・そうか。理解した。



少し考えると、頭の中に死というものが何なのかふっとイメージが浮かんだ。


「わかった」


「はい。それでですね。またあなたには新たな一生を歩んでもらいます。」


新しい一生?


「あなたは新しい体で、新しい命として地上で暮らすのです。」


死んだやつらはそうなっていたのか。


私は、目の前でクワガタに両断された同胞や、スズメバチに運ばれていった虫達のことを思い出した。



「みんながみんな生まれ変わるわけではないですけどね。私はこのことをあなたに伝えるためにここに来ました。」


「そうなのか。ありがとう。」


"ありがとう"自然と口から出た。

カブトムシの時はそんな概念は無かったのに。


アーリアは満足げににっこり微笑むと、また話し始めた。


「今すぐ生まれ変わることも、しばらくここで休んでいくこともできますよ。どうされますか?」


「ここにいると何かあるのか?」


「何もないです。ただ、次の一生を始めるまでに心の準備をすることはできますよ?」


アーリアはこちらをいたわるような目でそう言った。


「それなら大丈夫。いらない。」


私は答えた。

心の整理がなんなのかいまいち分からないし、なんとなく必要ない気がしたから。



「そうですか。わかりました。ではあなたに新たな一生を与えます。健やかに育って、また新しい命を繋いでくださいね。」



「わかった。頑張る。」



そう言った途端に、強烈な眠気に襲われた私は意識を手放した。



次の生でも、たくましい男と結ばれて強い子を産もう。


そんなことをぼんやりと考えながら。



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