第十七話 冒険者とお話し1
柔らかく軽やかな暖かさとつややかで滑らかな肌触り。それが目を覚ましかけた俺の感じたもの全てだった。
「ふわぁ…」
布団にもぐったまま顔を上げ、寝ぼけ眼であたりを見渡す。
俺が今寝ているベッドと同じものがいくつも並び、間にカーテンが備えられている。
どうやらここは治療所らしい。どのくらい寝ていたのか確認したいところではあるが、日の差す窓はなかったので窺い知ることもできない
そのカーテンだが、周りを見渡せていることからもわかる通り俺の周りは閉められていない。おい、ちゃんと備品は使い方の通りに使えよ。
「『念力』」
仕方ないので自分で閉めておく。いやー魔法って便利ですわ。このくらいなら魔法名をつぶやくだけで十分だね。それもいらなかったかもしれないけど。
まだ全然寝れそうだったので再び横になる。こちとら初めてあんなに激しく戦って疲れたのじゃあ…。寝かせて(切実)。
zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz…
「おはよう。勇者スメラギに勇者アオノ。さっきはやられたぜ、全く」
そんな俺の心からの願いはとある闖入者によって粉々に打ち砕かれた。
病室で閉まっているカーテンをこじ開け大声であいさつするという正気を疑う行動をとったのはアルフレッド・スコード。先ほどまで俺たちが戦っていた相手だ。
「ちょっと?寝てる負傷者を大きな声で起こすとか何考えてるの?周りの人に迷惑でしょ」
これにはさすがにびっくりして上半身を上げて猛抗議する。この時ばかりは敬語を忘れても許されると思う。
「なに安心しろ。ここにお前ら以外はいない。それと俺はお二人とも起きたと聞いたからここに来たんだが?」
お二人とも…?咄嗟に左を向くと、先ほどまでカーテンに閉め切られていた場所が開け放たれ、そこのベッドには一人可憐な少女が横になっていた。
それは勿論、我らが皇さんである。
「お、おはようございます。蒼野君」
「おはようございます、皇さん。お体の調子はどうですか?」
「はい。もうずいぶん回復したみたいで大丈夫そうです」
「だろう?高位の治癒師がしっかり治療したからもう体は大丈夫なはずだ」
言われてみれば、さっきからあちこち動かしているくせに痛みがない。
戦闘で結構ひどい状態になった覚えがあるが、その跡形も残っていない。魔法様様といったところか。
「はいはい、医務室で騒がないの」
場にそぐわない声量で話していた俺たちのもとに、新たな女性がやってきた。
「一応自己紹介をしておくと、私はイリーナ・ランチェス。雷の魔法を得意にしているわ」
彼女は先ほど戦っていたもう一人の相手だ。戦闘中はローブを着ていたのでよくわからなかったが、なかなかにグラマラスな体系のようだった。
「対戦ありがとうございました。おかげでいろいろと課題が見えてきました」
「負けてそれを言われるとなかなかにくるものがあるんだけど、まあいいわ。こちらこそありがとう。私もなかなか楽しかったわ」
心の底からの本心だったのだが彼女にはとげが突き立ったようだ。言わぬが花のこともあるよね。
「ランチェスさん。私たちの仲間と雷魔術などについて話をしていただきたいのですがよろしいですか?」
「わかったわ。あと、呼びにくいでしょうからイリーナって呼んでいいわよ」
別にそんなことはないと思うのだが、名前をどう呼ばれたいかは個人の自由なので以後その通りにしておこう。
「お前らの仲間か…。面白そうだな。俺も行こうか」
「えっ、スコード先輩来るんすか」
「おいなんだよその扱いの差は。おかしいだろ」
それはまあ、きれいなお姉さんとむさ苦しいムキムキの違いということで。
「それじゃあとりあえず私たちの宿屋に行きましょうか」
「おい、ちょっと無視すんなよ」
「あ~まあそうよねぇ…。勇者を泊めるならここになるわね」
「おいおいお前らその年で随分いい思いしてるみたいだな」
どうやらこのお宿は最高位の冒険者でも驚かれるような場所らしい。
ですよね~。俺の感覚がおかしいんじゃなくてよかった。
「お帰りなさいませ。アオノ様にスメラギ様。ランチェス様とスコード様はようこそいらっしゃいました。どうぞおくつろぎくださいませ」
入り口にいたスタッフが対応をしてくれた。
みんなは今は自由時間で、王都を見て回っている者とここに残っているものがいるらしい。戦いを観戦だけして全く暢気なものだ。
「只今戻りましたよっと」
「あっ、蒼野たちが帰ってきた!おかえりー」
「いや~今日はご苦労だったな。蒼野」
残留組のみんなは大きめの部屋のリビングで自宅のように寛いでいた。机上のフラスコとか腹の開いた黄色い魚とか顕微鏡とかは見なかったことにしよう。
「っておいここ俺の部屋じゃん。片づけて帰れよ」
「いいじゃないか一人で使える広さじゃないんだし。副委員長だか何だか知らないけど一人だけ広い部屋もらっちゃってさあ」
そんなことを平然と宣う主犯水無月氏。
それを言ったら委員長たる皇さんはどうなのよと思ったが、時に神聖ささえ漂わす彼女の部屋を陣取るような真似はこいつらにもできなかったのだろう。
「あは、あはははは…」
困ったように、それでも何か寂しさを湛える彼女の視線は、なんというか、そう、痛かった。
「少しはきれいにしてくれ。今日はお客さんがいらっしゃった」
騒がしい連中を取り敢えずいったん鎮める。
「そうそう見苦しいものをお見せしてしまいすみません」
「いや気にしなくていいわ。なかなか面白そうな人たちね」
「ああ。物静かなよりはよっぽどいい。俺には気を楽にして話してくれて全然かまわないからな」
「いえスコード先輩にはもとよりそのつもりでしたのでご安心ください」
「おい」
昼間俺たちと激戦を繰り広げた戦士たちの登場に、部屋でだらけていた奴らは急に居住まいを正した。
「知ってると思うけど私はイリーナ・ランチェス。イリーナって呼んでちょうだい。あなたたちといろいろお話したくてお邪魔させてもらったわ」
「俺はアルフレッド・スコードだ。特に近接戦闘で聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ。できる限り答えてやろう」
彼らが簡単な自己紹介を行った、その次の瞬間。
皆が一斉に駆け出し、各人の目標へと向かっていった。
「おうそんなに焦るなって。落ち着け、そうだ。……うん」
その結果、イリーナさんに生徒全員が集まり、スコード氏のもとには誰もいないという事態が起こってしまった。
「…泣いていい?俺」
「いや大丈夫ですよ。ここにいるのは俺たちの中でも魔法師よりの人ばかりですから。それにどのみち近接戦闘技術は必須ですからそのうち来ます。だから元気出してください。ね?」
さすがにここまで偏るとは予想外だった。少々煽りすぎたかもしれない。まさか俺がこんなごつい奴を励ます羽目になろうとは…。
「此処にいるのもあれなんで俺たちもあちらに行きましょうか」
「そうだな…」
盾騎士の背を押して魔法師たちのもとへ向かう。
さあ、楽しいお話の始まりだ!




