第十六話 御前試合2
「どうした?お前の実力はこんなものか?」
上段からの振り下ろしも片手剣だけで容易に防がれ、がら空きの胴体にシールドバッシュを叩き込まれる。
本気を出す。そう告げた盾の騎士の動きは先ほどとは比べ物にならないほど機敏で、強烈で、そして頑強だった。
腹の下にジンジンと鈍痛が走る。堅固な鎧も打撃の前にはほとんど意味をなさない。盾ほどの重量での打撃は十分脅威となりえることを失念していた。
「炎よ。彼の者に宿りてその身を蝕まん」
お返しに右に走ってから盾に向かって思い切り突きを入れる。与えられるダメージこそないが盾の位置を強引に動かす。
騎士は右手に剣を、左手に盾を持っている。したがって盾を彼の右側に寄せれば左側に大きな隙が生まれるのは当然のことではある。
まあ、この時俺は前に倒れこんで両腕を出しているので、そこに剣を入れるのは極めて困難なのだが、魔法ならば話は変わる。
魔法は別に手から出るというわけではなく、発動場所から効果に詠唱まで自由な非常にアバウトな代物だ。これならば無理な姿勢からでも容易に打ち込める。
「『鬼火』!」
虚空に生まれたのは九つの青い炎。それらはすべて騎士の体に直撃する。
この魔法は炎の熱そのもので攻撃するわけではなく、触れた対象を火傷にして攻撃する。
当たった数が多いほどにその症状は深刻なものになり、九つ全弾が命中すれば皮膚はほぼすべて焼け爛れ、その痛みで悶絶することになる。
「グアァァアァァ!」
騎士が破れかぶれに一撃を放ってくるが、それにあたる俺ではなく余裕をもって回避する。
その間にも鬼火は燃え広がり体全体を包み込む。この魔法が影響を及ぼすのは生物の体だけなので、この炎はただの演出にすぎないのだが、彼は炎を消そうと必死に足掻いている。
これはもうまともに機能しないだろう。そう考え一息ついていた時のことだった
「風よ。吹き荒れ盾を成せ『風壁』」
「その光には竜も怯え、その音は山をも震わす。その力を今ここに示すがいい『鳴雷』」
前触れなく吹き始めた風が砂を吹き上げ、眼前に壁を作ったかと思うと、頭上より大きな雷が現れそれを伝って落ちてきた。
危なかった…。咄嗟に後ろに跳んでいなければ側撃雷を食らうところだった。
そうでした。後衛の魔法対戦もまだ全く決着の目を見てないのでした。
「オラァ!」
そして間髪なくその風を突き破ってくる人影が一つ。
ガン!
「あれを食らってまだ動けるんですか」
「悪いけど、これくらいで倒れるわけにはいかないなあ!」
そういう彼の顔には火傷が見られるものの、そこまで重症なものはなかった。
体もそんな分なら、動くのにかなりの痛みを伴う程度で済んでいるのだろう。
こういった魔法による直接的なダメージの度合いは、受けた本人の魔法耐性によって大きく変化する。こいつは盾職をしているだけあってそれも高かったと見える。
こいつ、ますます厄介な。
こうなればもう決めにかかるしかない。
「皇さん」
「はい!なんでしょう」
「最高火力の魔法をお願いします」
「っ!わかりました。信じています」
皇さんの魔法は決して『雷術師』イリーナ・ランチェスに劣るものではない。だが彼女の攻撃は『聖盾』アルフレッド・スコードの盾に阻まれるというこの状況が、彼女に防戦を敷いている。
つまり、俺たちが勝利するためには俺が彼の守りを砕かなければならない。
「楚人有鬻楯與矛者(楚人に楯と矛とをひさぐ者有り)。譽之曰(之を誉めて曰わく)、吾楯之堅(吾が楯の堅きこと)、莫能陷也(能く陥す莫きなり、と。)。又譽其矛曰(又其の矛を誉めて曰わく)、吾矛之利(吾が矛の利きこと)、於物無不陷也(物に於て陥さざる無きなり、と。)」
剣戟の合間にかつて覚えた一節を口ずさむ。それが状況を変える一手になることを期待して。
「それは遥か彼方の何処にあるとも知れぬ土地。闇と氷に覆われた、終わりなき不毛の地獄」
彼女が謳いあげるはとある伝説に語られる国。人の生存を許さぬ厳しい世界。そしてこの戦いの最後の魔法。
ろくに信じたことはないが、この時ばかりは彼女の信じる俺を信じてみようと思った。
「或曰(或るひと曰わく)、以子之矛(子の矛をもって)、陷子之楯何如(子の楯を陥さば何如、と。)。其人弗能應也(其の人応うる能わざるなり)」
「其処に或るは死した者のみ。生者の存在は許されぬ」
俺はこれまでの戦いで、体力の限界が近づいてきている。対する騎士も消耗しているのは間違いないだろうが、素のスタミナが違う。これが最後の機会だろう。
「ならば今、ここでその答えを示そう!」
言葉を紡ぐ度、刀に魔力が集中していく。
危険を感じて盾を構えた騎士が恐れたのは俺か彼女か、はたまた両方か。
「『俺は背後の全てを守る(プロテクト オールマイリーア)』」
そう。それでいい。ようやく条件が整った。
「『我が矛、物に於いて徹さざる無きなり(シールドブレイカー)』!」
そう叫びながら突いた俺の刀は、彼の盾を貫通し粉々に砕いた。それと同時に障壁も立ち消え、雷術師までの攻撃の道が開かれた。
雷術師は攻撃を凌いでから撃つつもりの魔法を待機しているようだが、もう間に合わない。
「時は来た。我が力をもって此処に現界せよ『陽亡き霜の国』」
彼女の詩が終わると、そこは氷に閉ざされていた。
地面は凍り付き吹雪が吹き荒れ、太陽の光も届かない。
そんな世界で敵の二人は氷漬けになっていた。
死んでないよね?ね?
「終わりましたね」
「ええ、勝てましたね」
「そうですね。いや、すみません。実はもう倒れそうでして」
「奇遇ですね。私もです」
まさに精も根も尽き果てたという状況だろう。
生者を拒む死した土地で、俺たち二人は二人寄り添って眠るのだった。




