第十五話 御前試合1
試合を行う俺と皇さんはいったん控室に戻ってきていた。
試合の準備を行うために特別に認められた。今も式典は続いている。なんか曲が聞こえてくるから国歌でも歌うのかもしれない。
「皇さん。どうしましょうか」
これは俺の偽らざる本音であった。想像より遥かに大物が出てきて正直呆然としている。
「そうですね…。とりあえず金属は身に着けないほうがいいでしょうね。雷を呼び寄せてしまいますから」
彼女もさすがに平生としていられないようだったが、何とか建設的な提案をしてくれた。
「それはまず第一ですね。革や鱗の防具の中で防御力が高そうなのは…」
用意された様々な防具を見渡してみると、見覚えのある素材の物が目に留まった。
「これは、イカヅチクジラの革防具か!皇さん、これはいいんじゃないですか?」
しかも無駄のないシルエットと黒と白のコントラストが結構かっこいい。
「イカヅチクジラ?ああ、あの馬車にも使われていたものですか。でも電気を通しやすかったりしませんか?」
「いえいえ、雷モンスター素材の雷耐性値は高いと相場が決まっています。これも自身の感電を防ぐためにかなり通しにくいはずです」
そう。おかげで雷モンスターに勝つためには雷モンスターを狩る必要があるという不条理に苛まれたものだ。
「そうですか、ならそれにしましょう。私の分もありますか?」
「はい。女物もありますよ。とりあえずこれを着てみましょうか」
実際に着てみると、革防具なだけあって金属のそれよりかなり軽い上に通気性や動きの自由度が抜群なことがよく分かった。素早く複雑な動きが必要とされる近接戦闘においては、この動きやすさはかなりプラスに働いてくれると思われる。
「そういえば、武器のほうは大丈夫ですか?といっても武器は今から新調はできませんけど」
「それは大丈夫です。こんな時のために骨剣も一本持ってきてますから」
骨剣が実在するとは思ってなかった。こんなものがある以上その骨を持つ生物がいることになるわけだが、大丈夫だと信じたい。
「私が雷術師の攻撃を抑えますから、どうにかしてスコード氏を倒しましょう」
「彼を倒さないと後ろに攻撃は通らないですから、それでいいでしょう。ですが、彼の盾の上から倒しきることは不可能です。俺がどうにか守りを崩すので、その隙に強い魔法を思い切り撃ってください」
「わかりました。では、頑張りましょう!」
作戦とも言えない作戦だが、正直そんなもの当てにできる気がしないのでこんなものでいいだろう。ないよりはましであろうから。
会場の熱気は最高潮に達し、数多の視線が戦闘服姿に着替えた両陣営に注がれていた。
客席にはクラスメイトの姿も見えた。どうやらそこから観戦するらしい。
「それでは、アヅサ・スメラギ&コウヘイ・アオノ対イリーナ・ランチェス&アルフレッド・スコードの御前試合を始める。両者用意…始め!」
ゴーーーーン
その声に合わせて重く鐘が響く。
それとともに後衛の詠唱が始まり、前衛の俺たちが駆け抜ける。
俺は腰に骨の刀を一本刺しただけの身軽な装備。もとよりまともに打ち合えるとは思っていないので、動きやすさを重視した。
対するアルフレッド・スコードの装備は金属鎧に大盾とバスタードソード。守りと一撃の攻撃力に重点を置いた構成だ。あの盾の後ろに引っ込まれたら手の出しようがない。
そんなことを考えながら走っていた、最初の打ち合いもまだの時だった。
「雷よ。その身をもって彼の者を倒し給え『若雷』」
避ける暇もなかった。その短い詠唱が紡いだ雷光は、彼女のもとから一瞬で俺のもとまでたどり着いた。
試合開始から、十秒と立たないうちの出来事だった。
『雷に打たれたような衝撃』という表現がある。驚きや感動の度合いが強いときに使われることがままあるが、それを身をもって味わった人はそうそういまい。
俺は今日、その稀有な人々の仲間入りを果たした。
まあ実際の雷はもっと電流が強いんだろうが、放電するほどの電圧を持っている時点でもう大して変わらんだろう。
防具はある程度威力を軽減してくれたようだが、その衝撃はすさまじく片膝をついてしまった。
まったくこんなことになるんだったら宮殿での訓練で食らっておくべきだった。あいつらもさすがに下手したら即死の魔法を慣れないうちに人に向ける度胸はなかった。
早く回復魔法を使わないと…。ああ、大きな電流が流れたことで筋肉が痙攣している。それに痺れてまともに口を動かせそうにない。
「大いなる大地よ。その恵みを勇敢なる戦士に分け与え給え『大回復』」
皇さんの魔法が届き、今の一撃でズタズタになった俺の体を修復していく。
「大丈夫か?あいつの『若雷』を食らって倒れないとは、なかなかに根性があるなお前」
「お褒めに預かり光栄です」
顔をようやく上げた俺の目に入ってきたのはスコードの顔。
短く切りそろえられた髪とその快活な顔立ちは典型的な好青年で、騎士という言葉を彷彿とさせた。
「はは。そんな怖い顔するなって。今のは彼女と初めて戦う人の恒例行事みたいなものだからね。今の間に攻撃なんて真似はしないさ」
そうだったのか。道理で観客の連中が騒がしいと思った。特にうるさい連中は彼女のファンクラブか何かか?
「君たちは勇者とは言っても戦闘訓練をしてからまだ一か月かそこらなんだろう?今日は君たちの実力を存分に見せてもらうよ」
こいつ完全にこちらをなめてますねえ。
いや、これでいいんだ。最初から本気を出されたらますます勝ち目がなくなる。
「では、胸を借りさせてもらいます!」
「存分にかかってくるがいいさ」
俺の渾身の抜刀斬りも彼の大盾に容易に防がれ、カウンターの一撃を叩き込まれる。だが、俺もすかさず後退しているので、その攻撃が当たることもない。
盾の位置を誘導して斬りかかろうが、そんな見え透いた思惑に引っかかるわけもなく即座に盾を移動される。
俺の攻撃は盾に阻まれるが、そのカウンターに当たることもない。そんな拮抗した打ち合いが、しばらくの間続いた。
その間も、雷術師と皇さんの攻防は続いていた。
「それは鉄の塔。悠然と聳え立ち、下々の者を守るもの『避雷針』」
俺を治癒した彼女がひとまずとった対策は、避雷針を建てるというものだった。
その詠唱に従い作られたのは、20メートルはある鉄の柱。それが俺たちを守るように、戦場に幾本も打ち立てられていた。
「雷よ。その身をもって彼の者を倒し給え『若雷』」
警戒しながらも雷術師は先ほどと同じ雷を撃つ。しかし、それは鉄塔のほうに流れ俺には欠片のダメージをもたらせなかった。
ここでようやくこの謎の建造物の役割を推察した彼女は、それらの破壊にかかる。
彼女にあほだとかは言ってはいけない。この世界にはこんな形の金属の建造物はないのだから。
だが、魔法一発分の隙を見逃す我らが皇亜津沙ではない。
「宿るは氷。万物を凍てつかせし者。その凍気をもって息の根を止めるがいい。『氷投擲槍』」
水蒸気を凍てつかせ、白い帯を描く槍が雷術師へと飛んでいく。彼女は避雷針の破壊に気を取られ、防げる状況にない。勝負はあったかに思われた。
「『俺は背後の全てを守る(プロテクト オールマイリーア)』!!」
しかし、それは俺と打ち合っていた聖盾が盾を思い切り構え、魔法を使ったことによって防がれた。
彼がその言葉を叫ぶと構える盾からドーム状の障壁が出現し、降り注ぐ槍すべてを防いでしまった。
「炎よ。我が意に従い障害を焼き払え『焼却』」
深紅の炎に包まれた避雷針が一つ、また一つと倒れていく。
障壁に呆然としていたところで雷術師の魔法が発動し、散在していた鉄塔の全てを焼いていったのだ。彼女は自らの盾を信じて魔法を使い続けたらしい。
煌々と燃え盛る炎の中で、構えを解き立ち上がった騎士が言った。
「いや、今のは良かったと思うぜ。なかなかやるなお前ら」
敵の戦士達を見て、その男は笑みを浮かべた。
「いいねえ。じゃあ、こっちも本気を出してやるよ」
敵の避雷針(守り)の燈の中で、騎士は雄々しく咆哮を上げる。
俺たちの絶望的な第二ラウンドの幕が開けようとしていた。




