第九話 思わぬハプニング
コンコン。
「蒼野殿。少しよろしいですか?」
日も沈み、眠りにつく者らも出てきた頃、忍が部屋にやってきた。
「ん?ああ、大丈夫だよ」
考え事をしていた俺は、それを中断し戸を開ける。
俺が何とか向かいに座らせることに成功すると、彼女はこう切り出した。
「拙者の固有魔法がもう発現しました故、報告に来た次第であります」
早ッ!…と思ったが、彼女はこちらに来てからずっと魔法を使い警戒を続けてきたわけなので妥当なのかもしれない。もともと忍者なこともあって内容も決まりやすそうだしね。
「そうか。どんな感じで使えるようになった?」
「水無月殿が言ったことを参考に脳に魔力を流してみましたところ魔法が発動しました。これにさらに詠唱を加えることでより効果の高い魔法が発動できるようでした」
「なるほど。ということは発現にある程度時間がかかるのは、うまく魔力を操るのに慣れが必要だからということなのかね」
ヒトの脳は生後十数年で大体成長しきるといわれている。その間に固有魔法がどのようになるのかが決まってくるのだろう。ここの生物もそこまで地球上のものと変わりはしないらしいので、魔臓が十分に発達しきり、尚且つ魔力の操作にも慣れてきたときに固有魔法が発現すると考えられる。
「おそらくはそれで正しいかと」
「じゃあ、試しにここで使ってみてくれないかな」
「了解」
テーブルなどを端に寄せ、十分なスペースを確保する。
その中央に忍は立ち、精神を統一させた。
「我は忍。陰に潜み闇に生きる者。我が主に天命を尽くす者」
忍の周りに大量の魔力が集まり、複雑に練り絡まっている。いったいどれほど強力な魔法なのだろうか。固有魔法とはいえこれほどの規模。なかなかに難を要する作業らしく、忍の額に汗がにじんでいる。
懸命に呪文を紡ぐその姿は、祝詞を歌い上げる巫女のようですらあった。
「今ここでこの姿を捨て、彼の者そのものとならん。『変身』」
詠唱を終えた忍の身を光が包み込む。大量の魔力が忍に集中していったが、その輝きに阻まれ様子をうかがい知ることはできない。
魔法名からして変装に使う用の能力っぽいが、一体どんな代物なのか。
光が収まり、ようやく見えたそこには
皇亜津沙がいた。
「どうですか蒼野殿。結構便利な魔法でしょう」
………
「おーい。どうしましたか蒼野殿」
………………
「あーおーのーどーのー」
「はっ!ごめんごめん。あまりにも驚いてしまってね」
いや、ほんとに。変装とかいうレベルじゃなくて驚いただけ。
皇さんの姿で普段どおり接してくる忍にドキドキしたとかそういったことは断じてない。
「すごいねそれ。見た目はもう完全に皇さんにしか見えないわ」
「これは決して幻影などではございません。中身までほぼ完全に皇殿の体と同じです。神経系は元に戻れなくなる恐れがありましたのでそのままですが、身体能力は皇殿とまったく同等です」
ほう。それは便利とかいうレベルではないのではないだろうか。これで入れ替わられたら、よほど本人の特徴を知らない限り見分けるのは不可能だろう。忍の今後の任務に大きく役立ちそうだ。
「ですから、こんな風に…。あっ」
「ちょっ、危ない!」
反射的に体が動いていた。忍が突然足をもつれさせたのだ。
彼女を抱えて自分を下にして受ける。
あ痛たた…。よく考えたら魔法使ってやったほうが早かったのでは、と一瞬思ったものの、まだそんな早く発動できないので結果オーライだった。
「大丈夫か?どうした突然」
「じ、自分の体と感覚が違ったので、う、うまく動かせなかったのです」
「そうか。慌てているみたいだが、ゆっくりで大丈夫だぞ。しっかり落ち着くといい」
「ありがとうございます。ではなく、あ、あの蒼野殿。せ、拙者は」
「蒼野君、いますか~?鍵開いていたから上がらせてもらいますよ」
そうこうしていたら皇さんご本人が入ってきた。
そういえば今日は俺の部屋で打ち合わせをする予定だったっけ。まだ早い気もするが、誤差の範囲だろう。
「って、何をやってるんですかあなたは~!」
何って、忍を抱えているだけなんだが…。
「あれ?私?というか早くその手をどかしなさい!」
そういわれて手元を確認してみる。
むにゅ。
「ひゃあ!」
思いっ切りつかんでましたね。何とは言いませんが。
「うわあ、ごめんなさいごめんなさい本当に申し訳ありませんでした」
ことの重大さをようやく理解した俺はすぐさま手を放し体を抜いて土下座した。
忍は顔を真っ赤にして目もうつろになっていた。よほど恥ずかしかったらしい。
「いわれてはじめて気づいたんですか。そうですか…。」
これはいろいろ死にましたね。何されても文句は言えない。
「………。凍れ『氷獄』!」
ちょ、それマジで死ぬ奴ッ。
「……ということだったんだ」
氷漬けにされていた俺は案外早く解放され、皇さんに事情を説明していた。
「不慮の事故だったことは認めましょう。ですが、それで済む問題ではありませんからね」
その通りでございます閣下。
触られた当人の忍は元の姿でうつむくだけで、皇さんのほうに強く責められている。
何も言われないのが普通に怖い。
「忍。本当にごめんなさい」
「お顔を上げてください。蒼野殿。拙者はもう気にしてはおりませぬ」
「忍さんがいいならいいですけど、反省してくださいね」
ありがとうございます。寛刑感謝いたします。
「それにしても、忍さんの固有魔法は本当に便利ですね。これがあれば潜入し放題じゃないですか」
「ええ、その通りです。なので、これからは固有魔法の発現を第一目標に据えて、魔法の解明や鍛錬を行っていくのがいいかと思います」
「では、そう皆さんに伝えておきますね」
ひとまずはこれで間違いないだろう。固有魔法というものが存在する以上、こちらがそれを持っていないと相当に不利になる。また、格下でも固有魔法次第ではかなりの脅威となるということが十分考えられる。
個々の戦闘力の増強はより急務となった。
「忍。これからも護衛と情報収集に励んでくれ」
「御意」
一人になった部屋の中で、ふと窓の外を見る。
電灯のないこの世界では、夜の明かりは極めて少ない。
星の光は、何物にもさえぎられることなく地上へと降り注ぐ。
夜空に浮かぶ星々に見覚えはない。
この宇宙の中、地球は存在しているのだろうか。それともここは時空といったものが全く異なる場所なのだろうか。
疑問はとめどなく溢れ、思考の波に呑まれていく。
そんな思案の果てに、意識も消えていったのだった。




