0008(一)07
「正気か?」
俺が決意を打ち明けると、脇澤は引きつった笑いを浮かべた。俺はそれが気に食わなかった。
「何だよ、人を誘ったのはそっちだろ」
「いや、まあそうなんだけどさ」
昼休み、食事時。俺は脇澤と堀田、田島と一緒に弁当を口に運びながら、脇澤のつれない反応にいささか気分を害した。
「駄ゲー部、俺は気に入ったよ。正式に入部して、駄ゲー攻略にいそしみたいと思ってるんだ」
脇澤は紙パックのコーヒーをストローで吸った。ほっと息をつく。
「ま、俺は新川雲雀先輩の役に立ったわけだ。お前がその気なら、まあ別にいいけどよ。俺だったらあんな変人……いや、その、変わった人たちのいる部活になんか入りたくないけどな」
「そんなんで誘ってたのかよ。薄情な奴だ」
「新川先輩、何か言ってなかったか?」
ん? 何か、って? 俺はまばたきで不得要領を示した。
「別に……。仮入部、また明日も来てくれるかな、ってことは言ってたけど」
「そっか」
脇澤は視線を横にそらした。何か隠している。直感でそう感じ取った俺は、咎めるように言った。
「気になるな。隠し事はなしだぜ、脇澤。そもそもの始まりはお前の勧誘だったんだからな」
「まあな」
「言いにくいことでも打ち明けろよ。気になるじゃねえか」
田島がそのうっとうしい前髪を摘んでいじくっている。
「そうそう、僕も聞きたいね」
「俺も気になるな」
俺だけでなく田島や堀田からもせかされ、脇澤はとうとう観念したらしい。
「ちぇっ、分かったよ。他言無用だぞ。あのな……」
「雲雀先輩!」
俺は2年C組に息せき切って駆けつけた。彼女は美夏先輩やその他の友達と楽しげに昼食をしたためていた。入り口のこちらに気づいて席を立つ。
「高松君、どうしたので?」
胸に手を当て、小さく走り寄ってきた。無人の廊下へと誘導する。俺は呼吸の乱れを鎮めるべく若干の時間を要した。
「駄ゲー部を退部するって、本当ですか?」
雲雀先輩の目が大きくなる。それはすぐ収縮し、彼女はやや悲しげな笑顔で「うん」と答えた。
「人を勧誘しておいて、自分はやめちゃうんですか? あんまりにも無責任すぎます。それにまだ4月ですよ。活動はこれからじゃないですか」
雲雀先輩は沈痛な面持ちで俺の問いかけを受け止めていた。ややあって話し出す。
「うん。そうなので。でも、もう決めたので。だって、『未来神話ジャーヴァス』をクリアしてしまったら、もう駄ゲー道は極めてしまったと言っても過言ではないので……」
え? 何つった? 『未来神話ジャーヴァス』?
「それはテレビゲームですか?」
雲雀先輩はやや胸を反らし、自慢げに回答した。
「うん。タイトーがファミコンで出した、業界初のバッテリーバックアップソフト。アクションRPGの『未来神話ジャーヴァス』は、空前絶後の駄目ゲーぶりで今でも語り草になってるほどなので。それを、私は完全制覇してしまったので! これはそうそう真似できない偉業なので!」
『星をみるひと』に匹敵する駄ゲーということか。そんなのをクリアできるなんて、やはり雲雀先輩は、駄ゲー部は尋常ではない。まさに鬼の部活動だ。
「それでもう駄ゲーをやる気がなくなってしまったって言うんですか?」
雲雀先輩はしぼんで点頭した。
「……そうなので。完全燃焼してしまったというか。燃え尽きてしまったので、駄ゲー道に……。もうあれ以上の戦いはないと思うと、何にも手がつかなくなってしまったので……」
それが昨日の別れ際に見せた、雲雀先輩の表情の違和感だったというわけか。
「他の部員の方々は何ておっしゃってるんですか?」
雲雀先輩はその麗しいツインテールを壁に触れさせた。生気に乏しい声を出す。
「おおむね『なら仕方がないね』という感じだったので。同じ駄ゲー部として、気脈は通じ合っているというか。理解はしてくれていると思うので」
俺は何だか腹が立ってきた。
「何ですかそれは! 俺は雲雀先輩も含めて皆で駄ゲー部だと思って、だから入部したいと決意したのに……」
雲雀先輩が目を丸くした。
「えっ、入部してくれるので? 高松君?」
別に隠すことでもない。
「はい、俺は駄ゲー部に入部します」
雲雀先輩は心底からほっとしたように目を潤ませた。
「良かったので……。これで心置きなく退部できるので」
「だああ、違うでしょ雲雀先輩! やめないでくださいよ、駄ゲー部を!」
「でも……」
くそ、昨日俺にあんないい言葉をかけてくれて、俺をその気にさせてくれた人が、それに気づくことなく部を去ってしまうなんて。何としても引き止めなければ。だがどうすればいい?
考えろ、豊。考えるんだ……。
「よし、じゃあこうしましょう!」
「はい?」
「俺も『未来神話ジャーヴァス』をクリアします! 1週間で!」




