0061(七)18
室内の全員が呆気に取られた。
何と雲雀先輩の自機は、有働部長よろしくザコ敵ギリギリまで近づき、高速に編隊を粉砕し始めたのだ。それも、次から次へと。
南副部長がヒステリックに叫んだ。
「馬鹿な! そんなはずはない! できるわけがない!」
だが現に、雲雀先輩は淀みなくファイターを操作し、地上物破壊もボーナスもパワーアップも一つも逃しはしなかった。得点が鰻上りに上昇していく。
有働部長が狼狽の極みに達していた。
「そんな! さては貴様、どうやってか知らないが事前にソフトとルールを把握したな? そうでなければこんなことは……」
雲雀先輩は巧みに敵機を捌きながら、一見無関係なことを答えた。
「私の父は『第2回ハドソン全国キャラバン』参加者でしたので」
ラザロ、ボーナス獲得。
「キャラバンでは、スターソルジャー2分間でどれだけ得点を稼げるか。それがまず第一に考えなきゃいけないことでしたので。だから私の父は、毎日のように最初の2分間だけを練習していたので」
巨眼、ボーナス獲得。
「その父が今も大切に持っているファミコンゲーム、スターソルジャーを、私は今までずっとプレイさせてもらってきたので。だから最初の2分に含まれる1面なんて余裕なので」
ボス、完勝。雲雀先輩はふっと溜め息をつくと、ジョイカードを壊れ物のように静かに置いた。
「有働部長。あなたとは、格が違うので」
その得点、なんと345300点!
大逆転勝利だ。落胆と随喜と、二つの空気が断層のように左右に分かれた。もちろん喜んだのはこちらの方だ。
トータル4勝3敗。パソコン部対駄ゲー部の、電源を賭けた世紀の一戦は、後者に軍配が上がったのだ。
「やったぜ糞ったれども!」
「万歳三唱じゃ!」
「ボクらの勝ちだもん!」
「皆ようやったわ。……あかん、泣きそう」
「能ある鷹は爪を隠す、なので! みんな、一瞬不安にさせてごめんなので」
「いいんですよそんなことは! 私たちの大勝利なんですから!」
俺はわいわい騒ぎながら戦勝の舞踏を踊る部員たちをすり抜け、雲雀先輩に手を差し出した。
「先輩。確かに借り、返してもらいました」
雲雀先輩は柔らかく微笑んで、俺の手を力強く握り返す。
「ありがとうなので、高松君。君が『未来神話ジャーヴァス』をクリアしていなければ、今この瞬間はなかったので。本当に感謝しているので」
「はい!」
一方、負けたパソコン部副部長南先輩は、拳を机に叩きつけて歯軋りした。
「くそっ! 何でだ、何で計算が狂ったんだ! ストレートで4勝するはずだったのに……!」
有働部長がその頭をくしゃくしゃと撫でる。
「仕方あるまい。駄目ゲームに対するあいつらの情熱が、俺たちのパソコンに対するそれより勝っていたというだけのことだ」
「しかし……!」
「あきらめろ。もうパソコン部は終わりだ。電源を奪われてはもう活動できん。ここは潔く、部を畳んで……」
そこで真樹先輩が言葉を差し挟んだ。
「ちょい待ち」
駄ゲー部部員たちも騒ぎを収める。有働部長が鋭い眼光で撥ねつけた。
「何だ。同情ならいらんぞ」
「まあそう言うな。別にわしたちはお前らを潰す目的で戦ってきた訳じゃない。そうだろう、みんな」
真樹先輩が俺たちを見渡す。俺も見返した。彼女は微笑し、敗軍の将に正対した。
「わしらは今までどおり、各々が駄ゲー攻略にいそしめればいいんだ。そちらにはブレーカーが落ちないよう努力してもらうものの、別に今以上の電源圧迫はせん。使用するパソコンを数台減らして、従来のごとく活動を続ければよかろう。それでは駄目なのかな?」
有働部長は呼吸が苦しいとばかり、学ランの襟元をくつろげた。大きく口を開けて溜め息を吐き出す。
「くそ、いまいましい。……だが、ありがたい提案ではある」
「決まりだな」
「南、どう思う?」
南副部長はうなだれたまま、生気に乏しい声を出した。
「部長のご意志のままに」
有働部長は吹っ切れたように首肯した。
「よし、では河井、裾にすがらせてもらうとしよう」
「分かった」
こうして駄目ゲーム部対パソコン部の仁義なき電源戦争は、終戦を迎えた――
と思いきや。
ドアが開いた。それで気づいたが、外はもう真っ暗だ。むっちりした駄ゲー部顧問・笹本双葉先生がかんかんの表情で入り込んでくる。
「あんたたち、いつまでゲームしてるの。もう帰宅時間はとっくに過ぎてるわよ? 早く帰りなさい」
真樹先輩がヘルメットを取って謝罪した。
「すみません。ちょっとパソコン部と、ブレーカー落ち問題について対決交渉をしていたもので……」
笹本先生は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「何言ってるの? 2階の電源なら、1号室の写真部の要請で、昨日拡充されたじゃない」
14体の石像が先生の前に並んだ。
「はぁ? てことは、電気使い放題っ?」
俺が叫ぶと、笹本先生はあっさり「そうよ」と答えた。
「写真部の部長が暗室の電気がたびたび落ちて不便だからってんで、1週間前に頼んできたのよ。知らなかったの? まあいいわ、それより用は済んだんでしょ? 荷物をまとめて帰宅! ほら急いで!」
数十秒の失調からかろうじて回復した有働部長や南副部長を初めとするパソコン部、真樹先輩を初めとする駄ゲー部は、言われたとおりに身支度を開始した。
まったく、じゃあ今日の勝負はやるだけ無駄だったってことか。なんちゅう落ちだよ。俺は心中毒づきながら、でも楽しかった、充実していた今週を振り返るのだった。
あ、明日からテスト週間か……。




