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0060(七)17

 有働部長は雲雀先輩からジョイカードを受け取ると、一つしわぶきをした。


「では、このゲームの勝敗方法を発表しよう。それは……」


 肩越しにこちらを振り返る。その顔はいかにも楽しくてしょうがないといった具合だ。……何かある。俺はうそ寒い予感と共に、彼の言葉の続きを待った。


 果たして、それはとんでもないものだった。


「1面クリア時に、より多くの得点を稼いでいた者を勝ちとする!」


 驚愕の雷鳴に、一時的に聴覚が麻痺したかと思われた。その直後に巻き起こったのは、困惑と狼狽と怒気の乱気流だ。


 真樹先輩が腰を浮かして机を激しく叩いた。


「ふっざけるな! 何だそれは! いくらなんでも酷すぎるだろう!」


 楓が抗議の声のボリュームを最大限まで上げた。


「そっちはそのルールで1週間みっちり練習してきたかもしれませんが、初めて聞いた雲雀先輩がそれに対処できるわけもないでしょうが!」


 言うことは至極最もだ。俺も加勢した。


「ルールの変更を求めます! 雲雀先輩はきっとスターソルジャー経験者です。でもそれは、全ステージを満遍なくプレイする基本的な遊び方で、のはずです! 1面だけをしつこく遊び倒す攻略なんてやったことがないに違いありません! あまりにも理不尽です!」


 南副部長は冷徹に突っぱねた。


「最初の取り決めで申し渡したはずだ。勝敗のルールはこちらで決めると。理不尽なことをほざいているのはそっちだろう」


「ぐっ……」


 言い返せない。確かに向こうの言う通りだ。


 蟻地獄に捕らわれた感じがする。最もファミコン名作ゲームに精通していそうな有働部長を、最後に指名するのは、真樹先輩の基本路線だったはずだ。最終戦まで到達する前に上手く4勝出来れば良かったが、生憎運命の女神様は俺たちに冷淡だったらしい。結局最強の敵が残ってしまった。そしてそうなることを、有働部長は見抜いていた。


 だからスターソルジャーの1面勝負という、完全有利、絶対必勝のルールで挑んできたのだ。恐らく有働部長はこの1週間、それこそ根をつめて猛練習に明け暮れてきたに違いない。きっと馬鹿みたいな高得点を弾き出すだろう。そしてそれに対抗する術は、残念ながら雲雀先輩には用意されていないのだ――


「では、そろそろいいか? 始めるぞ」


 有働部長は有無を言わせず、既成事実を作り上げるためにゲームを開始した。


「汚いもん!」


 由紀先輩の怒号などどこ吹く風、有働部長の戦闘機は凄まじいスピードで敵機を撃墜していく。勝負は始まったのだ。


「何て速さだ……!」


 俺はその的確・迅速な動きに驚嘆のうめきを漏らさざるを得なかった。このゲーム、空中の敵を倒すのが早ければ早いほど、次の敵がすぐ出現してくる。だから目の前の敵機をさっさと片付け、続くザコも素早く宇宙の塵と化せば、矢継ぎ早に得点が入るのだ。


 隠れボーナスターゲット壊滅、連続パワーアップ、地上物粉砕。有働部長は滑らかに目的を完遂していく。その動きに遅々たる乱れはない。


「ラザロも余裕さ!」


 四分割された巨大な顔を、合体前に破壊して8万点ボーナス獲得。へえ、ラザロって言うのか、この敵。


 などと感心している場合ではない。有働部長は終盤もミスする気配もなく、二つの巨眼を同時爆破で更にボーナス点を稼いだ。そして、1面のラストを飾る大ボス。これも、有働部長の前では脆弱な獲物でしかなかった。


 ボスが爆発、消えていく。1面クリアだ。注目の得点は……


「324800点!」


 これは無理だ。どう考えても無理だ。この得点を、「1面慣れ」していない雲雀先輩が追い抜くなど到底できっこない。俺はパソコン部の大歓声を耳にしながら、意気消沈する駄ゲー部の中で、物言わぬ彫像と化していた。


「雲雀殿、棄権しても良いのじゃぞ」


 風林先輩が雲雀先輩の肩に手を置いた。先ほどの楓の「無残な敗北」と、それによる彼女の「号泣」を想起すれば、その労わりも仕方ないと言えた。


 だが……


「なんで棄権しなきゃならないので?」


 雲雀先輩はくすりと笑った。え? この圧倒的絶望的状況で? 何もプラス要素がないのに?


 有働部長がまだ勝利(未確定だけど)の余韻に浸っている。


「さ、日も暮れた。皆ももういい加減帰らないとまずい。やるんならさっさとやってくれ、新川」


 まるで勝負は決したかのような態度と物言いだった。しかしそれに反発するでもなく、「それでは」とつぶやいた雲雀先輩はジョイカードを握り締めた。


 そしてこちらを振り返り、俺に向かって口を動かした。音はない。ただ唇の動きだけである。だが俺には明瞭に、その言葉が了解された。


「借りは返すので」


 彼女は俺にそう言ったのだ。


 そして液晶モニターに向き直り、スタートボタンを押した。

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