0006(一)05
俺は観念して十字キーで主人公を動かした。荒いドットと少ない色数で描かれたそれは、のろのろとフィールドを移動する。そこで画面が切り替わり、どうやら戦闘らしきものに突入した。てか、このゲーム、RPGなのか。画面上部に「ちぇいさ」、下部に「みなみ」の名前で容姿が描写されている。
いつの間にか他の部員が手を休め、俺のプレイを見ようと周囲に群がっていた。真樹先輩が俺の肩を乱暴に叩く。
「どうした新兵。さっさと進めんか。敵はこちらを待ってはくれんのだぞ」
非リアルタイムのRPGだから、待ってくれると思うけど……。俺はせかされて、とりあえず物理攻撃であろう「こうげき」を選んだ。「ESP」は、多分超能力――魔法のようなもので、何かを消費するようだから。
『みなみはちぇいさにこうげきした』
ああ、主人公は画面下の「みなみ」なのか。与えたのは3ダメージ。直後に「ちぇいさ」から反撃を受ける。受けたダメージは……15!
「ちょっと、ずいぶん差がありませんか?」
俺が不平を漏らすと、風林先輩が苦笑を響かせた。
「戸惑っておるな、高松。だがどうせ初回だ、そのまま続けてみたらよかろう」
「は、はい」
俺は「ちぇいさ」を攻撃し続けた。だが何度目かの攻防ののち、いきなり「みなみ」は破れた。
『みなみはしにました。』
画面は再びマップへと切り替わる。
『この みじゅくもの! ぜんいん しぼうしてしまうとは…… もういちど でなおしてこい!』
そして何事もなかったかのように、しれっとタイトルへ戻った。
俺はあまりの不意打ちに動けなかった。
「え……。ゲームオーバーですか? 今の……」
部員一同がどっと笑った。由紀先輩が声を抑えるのに必死だ。
「これが『星をみるひと』だもん、高松君! もう一度やってみるだもん」
「は、はい」
俺は少し照れながら再度ゲームを開始した。大勢の女の子にこうやって注目されるのは、生まれて初めての経験で、なんだかこそばゆかったのだ。
画面はまた最初の大地へと回帰する。
「城も村も見当たらないんですけど……」
普通こうしたRPGは、スタート地点の側に城や街がある。というか、だいたいはその中からゲームが始まるものだ。だがこの『星をみるひと』は、その安全地帯がそもそもない。いきなりフィールドのど真ん中に放り出され、何らの説明もなく、ワイルドに置き去りにされるのだ。滅茶苦茶だった。
これが、駄目ゲームという奴か……。
そのとき、雲雀先輩が助け舟を出した。
「どう風林ちゃん、最初の村だけでも教えてあげるので?」
風林先輩は兜の奥で両目を光らせた。何か怖い。
「そうじゃな。まあ仮入部だ、そのような情けも必要であろう。おい高松」
「はいっ」
「左に一歩進め」
「左に?」
「そうじゃ」
俺は言われたとおり、十字キーを左に倒した。主人公が一歩その方向へ移動する。
その途端、画面が描き換わり、突然村に入った。
「何だこりゃ?」
風林先輩が俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「これが『マムスの村』じゃ。マップ上では影も形もなく、判別も不可能。どうじゃ凄いだろ、この不親切ぶり!」
雲雀先輩が莞爾と笑った。
「見事な駄目ゲーなので! やっぱり『星みる』は最高なので!」
つられるように俺以外の全員が哄笑する。
やっぱりこの人たち、絶対どこかおかしい。
その後、俺は小一時間ほど『星をみるひと』を延々プレイさせられた。その結果分かったのは、これがとんでもない駄目ゲームであるということだった。とにかくすぐ敵に殺される。なのに逃げられない。ゲームセーブはオートな訳がなく、パスワードと呼ばれる文章を書き留めて、それを入力する方式。しかもこのゲーム、完全に前の状態を再現してくれるわけではないといういじめのような構造だ。
「そろそろやめていいですか?」
もう何度目だろう、この苦行のようなプレイから解放してくれるよう懇願した。「まあもうちょっと」「逃げ出すのか、腑抜けが!」とか言ってなかなか聞いてくれなかった先輩たちだったが、さすがに日も暮れてきたので『教育』を諦めたらしい。それでも未練たらたら、俺に「もうちょっと骨がある奴かと思ってたんだが」と不満をぶつけてきた。もちろんこれは軍服姿の真樹先輩だ。
部室棟のドアを開け、すっかり寒くなった戸外の空気を吸い込むと、背後の異常空間から逃げおおせたことに感動すら覚えた。何というか、地獄から生還した思いだ。
「高松君」
その煉獄から、しかし不釣合いな可愛い声が追いかけてくる。振り向けば雲雀先輩だった。赤いツインテールが宙を掻くように揺れる。
「どうだったなので? 仮入部、楽しかったなので?」




