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0057(七)14

 アイスクライマーは、エスキモーをジャンプさせて天井となる小石を突き上げ粉砕、出来上がった隙間の内へ跳び込むようにして次のフロアへと上る。これを繰り返し、タイトルどおり山の頂上を目指すゲームだ。分類としては縦スクロールアクションとなるのだろう。アザラシや鳥、白熊といった敵キャラに触れたり、つららに命中したり、穴に落ちたりするとミスとなり残り人数が1人減る。


 各山の終盤はボーナスステージで、得点が増えるアイテム――なず、にんじん、キャベツなど各面1種類――を取りながら、頂上の空を左右にうろつくコンドルに飛びつくことを目指す。無事掴まえればスペシャルボーナスが加算されることになる。ボーナスステージではミスしても、タイムオーバーになっても、残り人数は減らない。


「そこまで! コントローラーから手を離せ」


 ぴったり15分経過した途端、南副部長が厳しく命じた。楓は言われたとおりに試遊をやめる。果たしてどれぐらいこのゲームに精通できたか?


 それにしてもこのアイスクライマー、どうやら2人同時プレイが可能らしい。青いエスキモーが画面左からスタートしたこと、面クリア時のボーナス計算表示が画面左半分に寄っていたことなどからそれがうかがい知れた。右半分は2プレイヤー側のそれが映し出されるのだろう。


「楓の対戦相手は……」


 真樹先輩の目が慎重にメンバー表を辿る。アイスクライマーを重点的に遊ばなかったであろうパソコン部部員を選択せねばならない。


「張本始! お前だ!」


 眉毛の太い、暑苦しいおっさんのような張本先輩がやおら立ち上がった。


「うぃーっす」


 単純に、氷山を登るこのゲームと、日焼けして真っ黒な「夏」イメージの張本先輩とが不均衡に思えたからだろうか。それとも、チームのトップとして熟達していそうな南副部長・有働部長を避けたかったからだろうか。真樹先輩は筋肉兄さんを、楓の対戦相手として選択した。


 南副部長が両眼に犀利さいりな波をのたうたせる。


「では勝敗条件だ。これは簡単だ。先にゲームオーバーになった方を負けとする」


 うん、分かりやすい。でも、そうするとやっぱり2人同時プレイなのか。


 張本先輩が位置に着き、1Pコントローラーを握る。常に元気いっぱい、白い歯を見せている人なので、余裕があるのかないのか良く掴めない。一方の楓も、背中に闘争心を燃やしながら2P側のコントローラーを手にする。


 有働部長が五指を伸ばして振りかざし、


「始め!」


 巨岩をも切り裂く勢いで振り下ろした。


 ゲームが始まった。左下に張本先輩の青いエスキモー、右下に楓の赤いエスキモーが現れる。


 その動きは電光石火のごとくだった。


「えっ? えっ?」


 楓が1階上る間に、張本先輩は実に3階に到達していたのだ。同じ能力であろう両エスキモーとは思えないほど、後者は迅速極まりなかった。


「残念だけど……」


 張本先輩が4階、5階と、またたく間に駆け上がっていく。


「自分、このゲーム、プロ級だから!」


 画面が縦スクロールする。画面外に置いていかれた楓は1人ミスとなった。げげっ、2人同時プレイではそんなルールもあるのか。これは置いてけぼりを食うわけにはいかない。


「何のっ!」


 楓が必死で張本エスキモーの後を追う。やがて8階をクリアしボーナスステージに入った。ミスしても残り人数減少とはならないため、どこか弛緩した空気が流れる。だが負けん気が強いのか、楓は本気でコンドルボーナスを取らんとした。


「やあ! 元気がいいね!」


 張本先輩が横顔で白い歯を剥き出しにする。室内の温度が急上昇するような、たとえようもない暑苦しさだ。


 しかしその腕前は留まるところを知らない。1Pエスキモーは2Pエスキモーをさっさと置き去りにし、画面外へ追いやってしまうと、一人頂上へ到着。見事コンドルに掴まってみせた。WINNER BONUSは彼のものとなった。


 やばい。上手すぎる、この人。


 次の2面となると、両者の実力差は更に歴然となった。楓は手も足も出ない。それどころか、飛んでいる鳥に接触するなど凡ミスさえしてしまう。失敗は新たな焦燥を呼び覚まし、楓はあっという間に残り人数を0にしてしまった。


 ゲームオーバー。楓の負けだ。


 あまりにも圧倒的、一方的な、屈辱的な敗北だった。「あれ、もう終わりかい?」と、邪念なく残念そうに語りかける張本先輩。彼は天然な熟練者だった。恐らくこの場にいる誰もが遠く及びもつかないほどの……。


 南副部長が笑殺した。


「腕前に開きがあり過ぎたな。王手は俺たちだ!」


 パソコン部が沸きに沸いた。静まり返る駄ゲー部。そんな中、張本先輩が楓に手を差し出した。


「対戦してくれてありがとうな!」


 楓は――その両目から悔し涙を溢れさせ――素直に握手に応じた。手が離れると、両手で自分の顔をそっと隠す。羞恥と失態で誰にも今の表情を見られたくない、そんな挙措だった。真樹先輩がそっとその肩に手を置く。

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