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0043(六)07

 水上はその底意地の悪さを徐々に発揮し始めた。


「これ、下駄箱に入ってたときに思ったんだけどさ」


 多分手紙を取り出したのだろう。


「ああ、こいつ告ってくるつもりなんだろうな、って。へっ、周りに誰もいないからぶっちゃけるけどさ」


 声質が醜悪だ。耳を塞ぎたくなる――俺のじゃない、真樹先輩のだ――水上の言葉が次々と飛び出してきた。


「知ってるぞ、お前、駄目ゲーム部とかいう部活の部長なんだろ? しかも、昨日の放課後みたいなミリタリーおたくの格好で活動してるっていう。学校で噂になってるぞ、頭がおかしいってな」


 絶対零度の冷えた空気の中、自己陶酔に満ちた弁舌が続く。


「きっとテレビゲームの攻略で年がら年中過ごしてるんだろ? きもっ! お前みたいな変人に告白されるこっちの身にもなれってんだよ。なあ。どうなんだよ、おい!」


「…………」


 今度は真樹先輩が沈黙した。何か言い返す気力もないほど打ちひしがれたのか。


「俺にはまともな彼女がとっくにいるんだよ。お前みたいな勘違い女は、駄目ゲーム部とかいう異常な変人の集まりで、お山の大将を気取って喜んでりゃいいんだよ。人間様に好きとか、いったい何様の分際だよ。分かったか? 二度と近づくな、ぼけ」


 俺が激怒で絶叫しようかという瞬間だった。本棚の向こうで、強烈な打撃音が轟いたのは。


「ぎゃああっ!」


 水上の情けない声と、大量の本が棚から崩れ落ちた音は、ほぼ同時に発生した。俺たちが本棚を回りこむと、鼻血を出して床を這いつくばる水上と、拳を天に突き上げて仁王立ちする真樹先輩の姿があった。周囲は大小様々な書籍で山となっている。


 真樹先輩が水上の顔面に打撃をくれたのだ。


「わしのことはいい……」


 真樹先輩が拳を下ろす。その両目は獅子のそれのようだった。


「わしを侮辱するのは構わん。だが駄ゲー部はいかん。駄ゲー部を馬鹿にするものは、何人なんぴとたりとも許すことはできん!」


 咆哮と共に、水上の尻を渾身の一撃で蹴り飛ばした。水上は犬のように泣き叫び、飛び上がって転げまわった。


「ま、真樹先輩!」


 雲雀先輩が真樹先輩に抱きつき、彼女が更に行なおうとした暴行を押しとどめる。水上は鼻をかばって涙を流しながら、転ぶように逃げていった。


「待たんか!」


 真樹先輩の怒りは尋常ではなかった。その眼光は逃亡する水上の背中を射殺すように輝いている。風林先輩や由紀先輩も真樹先輩の腰にしがみついて前進を阻止した。それほど、今の真樹先輩は殺気立って手がつけられなかった。


 俺は本の山の中から、真樹先輩の書いた手紙を拾い上げた。『放課後、図書室で。河井真樹』……


 想いは伝わらなかった。




 その後、どうにか憤怒を静めた真樹先輩は、部員たちに囲まれて駄ゲー部部室へと連れ込まれた。風林先輩がヘルメットを差し出すと、黙ってそれを被る。セーラー服と不釣り合いだった。


「みっともないところを見せてしまったな」


 意外にも落ち着いた声だった。俺は水上のクズを呪いながら、その言葉の暴力に傷つかない彼女を心から賞賛した。


「恋した相手が悪かったのですので」


 雲雀先輩が当然の事実を指摘する。美夏先輩が続いた。


「何や、あの水上って奴、ほんま最低の男やったな。あんなのに惚れたこと自体が間違いやったんや」


 由紀先輩が真樹先輩のヘルメットを優しく撫でた。


「むしろこれで良かったもん。つき合う前に相手の本性が分かって目っけもんだったもん」


 風林先輩は静かに語りかける。


「真樹部長、これであなたの初恋は終わりました。駄ゲー部に戻れそうですか?」


 真樹先輩は豪快に笑い飛ばした。


「戻るも何も、もうここにいるだろう。風林二等兵、心配をかけたな。明日からはようやく元の駄ゲー部部長・河井真樹に復帰できそうだ」


 彼女の心が完全に快癒しているのを間近で確認し、俺たちはほっと胸を撫で下ろした。立ち直りが早い人で本当に良かった。


「真樹先輩。今日はもう遅いですし、帰りましょう」


「真樹先輩、ハンバーガーでも食べに行きましょうなので。水上の馬鹿の文句でも言い合いましょうなので」


 楓や雲雀先輩が笑って部長に話しかける。だが……


 俺は、真樹先輩の膝の拳が震えているのに気がついた。


「いや、これから俺と真樹先輩で講習の打ち合わせがあるんだ。そうでしたよね、真樹先輩?」


 俺は全くのでたらめを先輩に尋ねた。彼女はにこやかにうなずいた。


「……ああ、ちょっと高松と二人きりで話し合いたい。他の皆は先に帰っていてくれ」


「そうですか? なら……」


 楓が残念そうに言い、美夏先輩や風林先輩が名残惜しそうに部室を出て行く。雲雀先輩と由紀先輩も連れ立って、部室棟2階3号室を後にした。


 部屋には俺と真樹先輩二人きりになった。液晶モニターとファミコンやメガドライブなどのゲーム機が混ざり合った部室。しばらくの間、そこで無音の世界が繰り広げられた。


 やがて真樹先輩がそっと立ち上がる。その目元はヘルメットの陰になって確認できない。


「高松。肩、借りるぞ」


「はい、先輩」


 真樹先輩が俺の肩に額を預ける。その手が俺のシャツの袖を掴んだ。


「うう、う……」


 彼女の全身が小刻みに震え、今まで抑え込んでいた悲哀が発露される。歯を食いしばって噛み殺していた嗚咽が漏れて、やがて号泣へと変じた。


「うわあ、ああ……!」


 真樹先輩は破れた恋に、身も世もなく泣き崩れた。慟哭といっていい。俺は彼女を支えながらその肩をさすり、何もしてあげられない自分を恥じるのだった。

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