0040(六)04
「真樹先輩、そんなふらふらでどうするんです。戦場に行ったら敵のいい的になっちゃいますよ」
真樹先輩はこちらを一瞥してから、目が覚めたように自分の両頬を気持ちよく張った。
「……そうだな。ちょっと自分の決断に自分で戸惑いを覚えていたところだ。もう迷ったりはしない。告白のために最善を尽くそう。……ああ、でも怖いなあ……」
色々考慮した挙句、最終的に告白は、
1.呼び出しのラブレターを執筆
2.水上先輩の下駄箱に投函
3.指定場所で告白
……というベタな手順を踏むことに決まった。当然ラブレターは真樹先輩直筆である。当たり前であるが。
「恋文なんて書いたことないしな、どうやってしたためればいいか分からないぞ」
「時間と場所の指定、それから差出人の名前だけでいいんです」
楓だけは部長にてきぱきと指示している。雲雀先輩や風林先輩、美夏先輩や由紀先輩は、何をどう忠告してよいやら途方に暮れているように見えた。彼女らも部長を急きたてた割には、初恋未経験の初心で、何をどうしていいか分からないらしかった。
楓は初恋を経験済みなんだろうか? 俺は少し興味があったが、聞くのも野暮な気がして結局その疑問は胸にしまい込むことにした。
「場所は……どうしよう」
真樹先輩は本気で熟慮している。
「水上先輩の時間が空いていて、余計な人が来ないような場所を選択すれば大丈夫です」
「となると、放課後か。よし、放課後、と。場所は屋上とかいいか?」
「今は封鎖されていると思いますが……」
「じゃあどこがいい? 誰か、いいアイデアはあるか?」
真樹先輩が不安げな目線を周囲に向ける。部員たちは目を伏せた。的確なアドバイスが出来るものは誰もいなかった。
「図書室とかはどうでしょう」
俺は試しに挙手して発言した。周りが一斉に首を振る。
「いや、人いるやろ」
美夏先輩が呆れ返る。だが俺は負けなかった。
「うちの図書室は広くて、本棚で誰にも見えない空間ができています。人はいるかもしれませんが、無人の死角を探し当てることは造作もないでしょう。それに俺たちは真樹先輩の告白を見届けたいし、なら大勢が隠れやすい本棚は絶好の盾となります。図書室しかありません」
真樹先輩は苦虫を噛み潰した顔をした。
「おいおい、見世物じゃないんだぞ。協力してもらった手前、楓ぐらいならサポートがてらついて来てもらってもいいが……。他は留守番だ」
「えーっ、真樹先輩の一世一代の告白、見逃したくないので」
雲雀先輩がだだをこねる。俺は無言で同意した。真樹先輩が俺を指差す。
「じゃあ高松二等兵! お前も来い。楓と共に、本棚越しにわしの告白を聞き届けるんだ。いいな」
俺は内心ガッツポーズを作った。美夏先輩が露骨に不機嫌そうな表情を作る。俺も楓も1年生ということで、真樹先輩も扱いやすかったのだろう。
「よし、場所は図書室、と。そしてわしの名前だな。同じ教室だからクラス名はいいだろう。『河井真樹』、と……。これで良し」
真樹先輩はつくづくと手紙を眺め、たちまち頬に血をのぼせた。
「これを水上の下駄箱に入れるのか……。由紀、頼んでくれるな?」
由紀先輩が両の手の平を出して押しとどめた。
「ちょっと、冗談じゃないもん。自分で入れるもん!」
「えっ、わしが入れるのか?」
楓がいらついたように頭を掻いた。
「当たり前です」
真樹先輩は再びうろたえ、救いを求めるように周囲を見回した。
「もし誰かに見られたらどうする? わしが水上に懸想していることがばれてしまうではないか! そうでなくても恥ずかしい限りなのに……」
楓が力強く机を叩く。その一撃でしんとなった室内で、彼女は真樹先輩に身を乗り出した。
「そうです。それが恋です」
説得力のある一言に、誰も声を上げるものはない。俺も楓の剣幕に驚いていた。こいつ、何かすげえな。
楓が身を起こす。
「真樹部長、別に人目につく時間帯に手紙を下駄箱へ投函しなくてもいいんです。たとえば放課後の今入れたっていいんですから。要は明日の朝水上先輩に読んでもらえればいいわけで」
「な、なるほど……」
「今行きますか? 別に、先輩の好きな時間――たとえば明朝――でも構いませんが……」
真樹先輩は顎に拳を当てがって唇を引き結んだ。だがやがて言った。
「いや、今行こう」
こうして俺たちは部室を後に、ぞろぞろと校舎の昇降口へ向かった。人気はなく、野球部のノック音と掛け声が遠くから聞こえてくる。既に日は暮れかけ、斜光が窓から差し込んでいた。
楓が真樹先輩を急かす。
「ほら先輩、今なら誰もいませんよ。水上先輩の下駄箱はどこです?」
「急がせるな、楓……。くそ、焦るじゃないか」




