0039(六)03
楓が狼狽している。
「な、何言ってるんですか風林先輩! いくら何でもそこまでは……」
「さすがに厳しすぎやろ」
美夏先輩の言葉添えに、雲雀先輩が乗っかる。
「極端すぎるので、風林ちゃん」
しかし風林先輩は動じない。まるで動かざること山の如しだ。
「理由なら三つあり申す。一、真樹部長の部長としてあるまじき態度。駄ゲー攻略を軽んじ、高松への講習をないがしろにし、部下を統率する気概のないことはなはだし」
厳として積み上げる。
「二、駄ゲーへの情熱の欠如。一と被るようであるがさにあらず。駄ゲー部は駄ゲーのつまらなさ・くだらなさを豪快に笑って楽しむ部活動である。しかるに真樹先輩は、その基本精神を忘れているように見える。恋愛中のいらぬ雑事としか捉えていない。つまり根本的姿勢の崩壊が顕著なのだ。これは駄ゲー部部員として失格の烙印を押されてもしょうがなし」
もはや笑っているものは一人もいなかった。
「三、駄ゲー部には特に大会などの目標がない。3年はいつ引退してもいいのである。恋に溺れる真樹先輩には、もはや駄ゲー部は不要かと存ずる」
ぴしゃり、と机を叩いた。
「以上三つの理由から、拙者は真樹部長に引退を勧告するものとす。如何か?」
真樹先輩はかつてないほど追い詰められていた。顔は脂汗にまみれ、机上の指先は細かく震えている。あの虎のように威厳ある部長が、今は子猫のように見る影もない。
俺は気の毒になって助け舟を出した。
「風林先輩、さすがにそれはあんまりじゃ……」
雲雀先輩がこめかみを掻いた。
「でも、風林ちゃんの言うことも一理あるので。このままじゃ部長として私たち下のものに示しがついているとはいいがたいので」
美夏先輩が両手を後頭部で組んで背もたれに寄りかかった。天井を見上げる。
「何か抜本的な解決方法はないもんやろか? 真樹先輩がまた駄ゲーの本道に戻れるような、そんな解決方法が……」
楓が手槌で手の平をスタンプした。
「告白しちゃえばいいんですよ!」
全員がぎょっとなった。もちろん一番目を丸くしたのは真樹先輩当人だ。
「告白……だと……」
可哀想に、その顔面は血の気が失せて真っ青になっている。
「そんな……そんなこと、できるわけないだろうが!」
数瞬のうろたえから復帰させたのは純粋な怒りだった。
「気楽にものを言うな! ひとごとだと思って! ……もし、もし断られたらどうするんだ!」
やっぱりそこか。俺を含めた部員たちは一斉にまぶたを半開きにした。
「つまり、水上先輩に恋をしたはいいが、破れるのが怖くて告白できないでいるんですね?」
俺の推測はずばり的中したようだ。真樹先輩は餌を求める鯉のように口をぱくぱくと開き、効果的な反論を紡ぎ出そうとして失敗する。
ようやく吐いたのは弱音だった。
「怖すぎるだろ。もし受け付けられなかったら、わしはどん底に落ちてしまう。自分でもどうなるか想像できない……」
沈黙。恋をしたことのない俺ではいまいち理解できなかったが、それでも真樹先輩の恐怖は触覚にさえ鋭敏に突き刺さるようだった。全部員がそれぞれ何か言いかけてはやめ、を繰り返す。
「でも、今のままじゃ良くないもん」
再度の議論の口火を切ったのは、同じ3年の由紀先輩だった。
「もうすぐ夏休みだもん。もしこのままいったら、夏休み中悶々と悶え苦しむことになるもん。それじゃ駄ゲーも高松君の講習も滅茶苦茶になってしまうもん。ここは一つ、告白して――結果はどうなれ、告白してけりをつけるもん」
風林先輩が賛同の意を示す。
「同感です。退部か、告白か、進退は窮まっておるのですよ、部長」
楓が最終的にうながした。
「真樹先輩。どうかご決断を」
何度目かの静謐。沈思の渦が部室内を席巻した後、真樹先輩は唐突に立ち上がった。痛々しい空元気で拳を握る。
「よし! 告白するぞ!」
それを見た美夏先輩が何度も首肯する。
「よくぞ決心しましはったな、真樹先輩」
雲雀先輩が念を押した。
「女に二言はないですので?」
真樹先輩は乾いた声で返した。
「……やってやるさ」
俺はこの成り行きを複雑な気分で見つめていた。真樹先輩が告白に成功したらしたで、水上先輩とラブラブになるし、失敗したらしたで、がっくり落ち込むだろう。どっちにしても駄ゲー部にはプラスになるようには思えない。
とはいえ、せっかく始まった真樹先輩の初恋だ。できうるなら意中の男性と結ばれて、カップル成立となった方が、応援するこちらとしても嬉しい結果といえるだろう。
真樹先輩は自分で宣言しながら夢うつつで、告白の段取りの打ち合わせにもいささか身が入っていない。俺は炊きつけた。




