0034(五)04
その言葉が終わるか終わらぬかうちに、由紀先輩を除く全部員が片手を高々と突き上げた。
「わしが行くしかない!」
「拙者にお任せあれ!」
「うちの応援が必要やないか?」
「私が声援を送るので!」
「私が由紀先輩をサポートします!」
「俺が代表で出ます!」
俺を含めた六人の視線が空中で激突し、見えない火花を散らした。みな由紀先輩の晴れ姿を瞳に焼き付け、かつ、その応援に力いっぱい声を張り上げたいのだ。
「み、みんな……」
由紀先輩がおろおろと両手をさ迷わせる。俺は叫んだ。
「ここは公平にじゃんけんで決めましょう!」
この提案に、俺と由紀先輩以外の10の眼球が逡巡した。だが公平で迅速な決着はそれ以外にないと判断したのだろう、皆の目から迷いが消え失せる。
「いいだろう。みんなもいいな?」
真樹先輩が一座を見渡す。不承を訴えるものは皆無だった。
「よし、ではいくぞ……。最初は、グー!」
六人が一斉に握り拳を差し出す。そして――
「じゃんけん……ぽい!」
次の瞬間、計ったように六人の右手がそれぞれの形で中央に差し出された。俺は飛び上がった。
「勝ったっ!」
何と俺以外の部員が全てチョキ、俺だけグーだったのだ。死闘が予想された戦いは一瞬で決着を見た。
「ちくしょう……」
真樹先輩がうなだれる。美夏先輩が頭を抱えた。
「何でやねん」
雲雀先輩、風林先輩、楓が悄然と椅子に座り込む。そんな中、俺はグーを打ち振るって勝利に酔いしれた。
「由紀先輩、俺、見届けますからね! 駄ゲー部員として、先輩が勝つところを!」
由紀先輩は嬉しそうに親指を立てた。
「オッケーだもん! 駄ゲー部として、ボクは……」
そこで急に語尾がしぼむ。その変化に、ふと一同の視線が彼女に集まった。
「由紀先輩……?」
楓がいぶかしむ。由紀先輩は両肘を抱えた。
「ボク、やっぱり趣味は駄ゲーだもん。読書もそうだけど、駄ゲーの次だもん。やっぱり嘘をつかず、駄ゲーで世の中と向き合いたかったもん」
楓が顔を赤くして机を叩いた。
「まだそんなことを言ってるんですか? 駄ゲーが趣味だなんて言ったら落選確実です。ここは事実を捻じ曲げてでも、漱石でいくべきです。いいですね? い・い・で・す・ね?」
楓が由紀先輩に、鼻が引っ付きそうなぐらい正面から迫る。由紀先輩は譲歩せざるを得ない。
「わ、分かったもん、楓ちゃん。そんなに怒らなくてもいいもん。……明日は練習の成果を発揮して、期待に応えるもん」
楓はすっと身を引いてにっこり笑った。
「それでいいんです。みんなで神様に願ってますから。実力を出し切ってください、由紀先輩」
当日はあいにくの雨天だった。幸先の悪さを感じるが、考えてみればよその参加者も条件は同じだ。俺は由紀先輩とその母親と駅で待ち合わせし、隣県に電車を乗り継いだ。
会場は駅徒歩5分圏内に組み込まれていた。『ワタプロ新人発掘オーディション2018』北陸大会第二次審査、その参加者と保護者と応援団で、足の踏み場もないほど人が溢れかえっている。公会堂の内外は立錐の余地もないぐらいだった。喧騒は1メートル範囲の物音さえ聞こえにくいほどだ。
「凄いもん……。緊張してきちゃったもん」
「もう、由紀がそんなじゃお母さんまで固くなるじゃないの」
由紀先輩は受け付けを済ませると、俺と母親に別れを告げた。
「じゃあ、ここからはボク一人で行くもん。応援よろしくだもん」
俺は胸いっぱいで何も言えず、ただ大きくうなずくのみだった。母親は「頑張りなさいよ」と心配そうに最後の声かけをする。
「行ってくるもん」
由紀先輩は笑顔で手を振って、参加者控え室へとその姿を消した。
「じゃ、席に着こうか、高松君」
由紀先輩の母は俺をうながし、場内へ足を進めた。湿気と熱気で独特の雰囲気が醸成されている。
正面ステージは豪華に飾り立てられていた。既に30脚ほどの装飾された椅子が並べられている。30人ずつ壇上にのぼり、椅子で待機しつつ、一人ずつスピーチを行なう……そういうことなんだろう。がやがやと騒がしく、他の客たちが自分の座席を求めて右往左往していた。
「意外に前の方なんですね」
俺は舞台の側から数えた方が早いであろう自分たちの位置に喜んだ。これなら由紀先輩に「あれ」を見せてあげられる。豆粒ぐらいの大きさにしか捉えられないんだろうけど……。
ほどなくして、席はそのほとんどが埋め尽くされた。咳払いや細かな物音が頭上の広い空間に吸い込まれていく。静まり切れない静けさが辺りに立ち込めた。
「そろそろね」
由紀先輩の母親が腕時計を見る。俺はごくりと唾を飲んだ。
会場が暗転する。ステージにまばゆい照明が殺到した。妙齢の赤いスーツ姿の女性が、舞台袖から中央へ歩み寄った。マイクスタンド前に立ち、朗々とアナウンスする。




