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0032(五)02

 9日間はあっという間に過ぎた。よく晴れた日曜日、由紀先輩は『ワタプロ新人発掘オーディション2018』北陸大会に向かった……はずだ。


 俺たち駄ゲー部員は応援には行かなかった。大会主催者のワタプロの意向で、保護者以外の同伴を禁じていたからだ。混雑と混乱を避けるための措置で、やむを得ないといえる。前回由紀先輩が参加したときは、番号順に名前を呼ばれて、8人いる審査員の前でいくつかの質問に答えたという。何しろ若い頃のことなので詳しくは覚えていないそうだ。今回も結局はぶっつけ本番みたいなものらしい。


 俺は両親に隠れて『星をみるひと』を――勉強に追われて、まだクリアしていない――プレイしながら、遠い空のもと、由紀先輩がファイトする姿を心に思い浮かべた。ボーイッシュで、どこか軽いノリのムードメーカー。真樹部長と共に駄ゲー部を引っ張る3年生。何とか夢を、希望を掴んではくれないか。俺は応援せずにはいられなかった。


 結果発表は後日という。由紀先輩が上手く審査員の目に留まってくれることを祈るばかりだった。




 オーディション明けの月曜日早朝。駄ゲー部朝練にぼちぼち人が集まり始めた頃、今話題の中心人物である由紀先輩が、あくびしながら入室してきた。


 俺は弾かれたように立ち上がった。


「どうでしたか、由紀先輩! オーディションの首尾は?」


 由紀先輩は目尻を擦りながら、片手で親指を立ててみせた。


「大丈夫だもん。ボクは出来る子だもん。審査員の皆さんに物怖じせず答えられて、歌まで披露できたもん!」


 白い歯を剥きだす。美夏先輩が拍手した。


「良かった……上手くいったんですね」


「さあどうだかだもん」


 由紀先輩はしかしそっけない態度を取る。己の慢心を戒めるかの風だった。


「オーディションは水物だもん。結果発表まで分からないもん」


 あんまり自信満々で落ちたらみっともないと、防衛本能が働いたのだろう。風林先輩が膝を叩いた。


「まずは一次審査、通過したか否か。ちなみにどれぐらいの割合でこそぎ落とされるのですか?」


「8割が落選するもん」


 俺は甘い夢想が砕け散るのを感じた。


「そんなに……」


 場は静まり返った。




 そして5日後、当落は知らされた。


「合格だもん!」


 由紀先輩は満面の笑顔で駄ゲー部部室に飛び込んできた。文字通り、まろぶようだった。


「これが証拠だもん!」


 突き上げた封筒に駄ゲー部部員の双眸が集中する。『ワタプロ新人発掘オーディション2018』北陸大会結果のお知らせ。欣喜雀躍きんきじゃくやくする部員たちの中心で、由紀先輩はもどかしく中身を取り出した。


「『この度は「ワタプロ新人発掘オーディション2018」にご応募頂き、ありがとうございました。厳正なる審査の結果、一次審査通過となり二次審査に進んで頂くことが決定致しました』だそうだもん!」


 俺は手放しで、心の底から賞賛した。


「おおっ! すげーっ!」


 真樹部長が祝福とばかり、由紀先輩の背中を勢いよく叩いた。


「やったな二等兵! まずはお疲れさんだな!」


 雲雀先輩が由紀先輩の手を取って上下に振った。


「素晴らしいですので! どんな審査だったですので?」


 由紀先輩は揉みくちゃにされながら、それでもどうにか席に着く。


「大したことはしてないもん」


 彼女の話によるとこうだ。参加者は1206人。書類選考はなく、応募者のうち10名ずつがグループ面接の形で審査員9名の前に立つ。一回につき3~4分。審査員にしてみれば休憩を挟むとはいえ8時間超もの長丁場となる。ご苦労なことだった。


「審査員は凄かったもん。有名バンドのボーカルや国民的アイドルグループのプロデューサーなんかもいたもん! もちろんワタプロの虎橋とらはしさんや三津みつさんみたいな超有名歌手なんかも……」


「それで、どんなアピールをしたんですか?」


 由紀先輩は得意げに両拳を腰に当てた。


「『どうしてアイドルになりたいんですか?』と聞かれたので、『自分のパフォーマンスで周りの皆をハッピーにしたいもん!』と答えたもん。その後特技は? と質問されたので、『歌だもん』と回答したら、『じゃ歌ってみせて』と催促されたので、国民的アイドルグループの名曲のサビをアカペラで歌ったもん。超恥ずかしかったけど、でも頑張ったもん」


 審査員に短時間で印象付けるには、ベタな正攻法で良かったのかもしれない。


「それで、ボクの順番は終わって、隣の人に質問が移っていったもん。そして最後に時間が余ったので、趣味について順々に聞かれたもん」


 それまで意気揚々としていた由紀先輩の顔が、このとき急に曇った。


「ボクはそれに対して、『読書』と答えたもん。『どんな本を?』と畳み掛けられたので、『夏目漱石をわりと』と返したもん。審査員の方たちは感心してたみたいだもん。でも……」


 由紀先輩は雨が降り出す前の暗雲のような相貌だった。

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