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0031(五)01

   (五)




 袋田由紀、14歳。翡翠中学3年D組。中性めいた容貌で、アイドルを志す少女。


 その彼女から驚くべき事案を持ちかけられたのは、5月も終わりの頃だった。


「オーディションに参加する?」


 しかし目を丸くしたのは俺と楓だけで、真樹先輩や雲雀先輩ら他の駄ゲー部員一同は平然としていた。


「何を驚く、高松」


 風林先輩がすまして言う。どうやら由紀先輩のオーディション参加は、そう珍しいことでもないらしい。


 当の由紀先輩も、それほど大ごととして報告したのではなく、ただ駄ゲー部を欠席することを承認してもらいたかっただけのようだ。ベリーショートの髪を指でく。


「『ワタプロ新人発掘オーディション2018』北陸大会、これに出場するもん! ついては当日、駄ゲー部を休ませてもらいたいだもん。いいだもん?」


 真樹部長は組んだ両手に顎を載せつつ、大きく首肯した。


「いいだろう。由紀を勧誘した際、唯一出された条件が『オーディション等への参加の際は部活を休みたい』だったからな。わしからは何も言うことはない。貴様の実力、とくと見せて来い!」


「イエッサー! だもん!」


 由紀先輩は敬礼して片目をつむってみせた。


 俺はスマホの画面を操作し、該当する募集ページを検索して眺めた。楓も興味津々と脇から覗き見てくる。


 このワタプロオーディションは、4年に1度、全国規模で開催される国内でも最大クラスのアイドル選考会だ。応募資格は8歳以上20歳以下の女子で、毎回数万人の応募者が頂点目指してひしめき合うらしい。


 俺は由紀先輩に尋ねた。


「8歳以上ってことは、4年前の大会のとき、由紀先輩は10歳ですよね。そのときは参加したんですか?」


 彼女は苦笑気味にうなずいた。


「小学5年生のときだもん。ボクは両親に付き添われて、千人を超える参加者に混じってオーディションを受けたんだもん。でも、結果は散々。一次審査であえなく落選したもん」


 そうだったのか。由紀先輩はその頃から少年めいていたのだろうか? 謎である。


「ボクはあんまり悔しくて、必ずリベンジをすると誓ったもん。そのとき以降、ボクは芸能事務所に所属せず、パパとママの采配で単発の仕事をこなしながら、芸事の腕を磨いてきたもん。特に歌唱力は、血のにじむような努力の甲斐あってかなり上達したもん。自己アピールの時間に披露して、きっと審査員のハートを掴むもん!」


 雲雀先輩がやや険しい顔で問いかける。


「でも由紀先輩、趣味はって聞かれたら何と答えるつもりなんですので?」


 由紀先輩は満面の笑みで胸を張った。


「もちろん『駄ゲー』だもん!」


 美夏先輩が冷静に釘を刺した。


「いや、そりゃあかんですやろ」


 真樹先輩が重々しく同意する。


「そうだな、いくらなんでも駄ゲーはない。やめておけ、由紀」


 由紀先輩は不満たらたらに頬を膨らませた。


「何でだもん?」


 俺は腕を組んで瞑目し、長々と溜め息をついた。アイドルを目指す少女の趣味がテレビゲーム、というだけでも相当マイナスだ。まだまだゲームは世間一般ではメジャーな趣味ではない。それだけでも胡散臭い目で見られるのに、俺たちが取り組んでいるのはよりにもよって『駄ゲー』である。『たけしの挑戦状』や『未来神話ジャーヴァス』のつまらなさ・くだらなさを嬉々として語られたところで、審査員はちんぷんかんぷんだろう。そして、そんなことをほざいているアイドル志望の選考書類に、冷酷無比な不合格の烙印を押すに決まっている。


 駄ゲーを趣味として主張することに、何らのメリットもないのだ。


 俺は腕を解いた。


「由紀先輩、俺も同感です。何か駄ゲーの他に趣味はないんですか? 歌以外で」


 由紀先輩はあからさまな不平を瞳に宿したが、そう言われて宙を見据える。しばし沈思黙考した。


「読書、だもん。夏目漱石とか好きだもん」


「それです!」


 楓が両手を打ち合わせた。


「それでいきましょう。オーディションまでに代表作を読み直して、審査員に突っ込まれても当意即妙に切り返せるよう鍛え直すんです」


 由紀先輩は頭を掻いて困惑している。


「そんなに駄ゲーが趣味じゃ駄目かもん? だって、みんなと一緒に頑張ってるのって、読書じゃなくて駄ゲーだもん……」


「まあまあ、それはそれで胸に秘めて。オーディションに受かりたいんでしょう?」


 そう言われると由紀先輩も頭を縦に振らざるを得ない。


「そうだもん」


「じゃあ決まりです。由紀先輩、これからオーディションまで1週間ちょっと、みっちり漱石を読み込みましょう!」


 こうして由紀先輩のオーディション対策が始まった。

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