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0028(四)03

「甘いわ。あれはうちの娘や。いい高校へ進学するためには、2年の今からでもおそない。一に勉強、二に勉強や。うちの教育方針に口出しするのはやめてもらいましょ」


 これでは埒が明かない。俺は楓の制服の袖を引っ張った。


「お邪魔しました。帰ろう、水仙」


 楓は銀縁眼鏡のつるを摘んでこちらを見上げた。まだ何か言い足りなさそうだったが、俺は半ば強引に押し切った。


「行くぞ」


 美夏先輩の母親は目をしばたたいた。


「もう帰るん? ま、別にええけど」


「失礼しました」


 楓も踏ん切りがついたのか、大人しく頭を下げて俺の後に続く。


 俺たちは一条家を辞去した。




 翌朝、俺たち駄ゲー部は部室に集まり、今後を協議した。もちろん美夏先輩の退部の件についてだ。彼女が私物を持ち帰るのは授業の終わった放課後に決まっているから、今ここに来ることはないとみていい。というより、美夏先輩にとってここは今、最も来づらい場所であろう。


 まずは俺と楓が昨日の報告を行なった。美夏先輩も、きっと彼女の母から俺たちが訪問したことを聞かされているだろう。それは疑いないと思われた。


「学業に影響がある、か」


 真樹先輩がぽつりと呟いた。


「それはわしの成績を見てから言ってほしいところだな」


 俺は尋ねる。


「良いんですか?」


「いや、下から数えたほうが早い」


 駄目じゃん。


 由紀先輩が得意げに腰に手を当てた。


「私は成績学年上位だもん! アイドルを目指すもの、勉強もできなきゃだもんね!」


「おおっ」


 俺の感心をよそに、真樹先輩が由紀先輩の頭をモデルガンの銃口でつつく。


「お前は駄ゲー部内で最もクリア本数が少ないではないか」


「あ、ばれただもん?」


「風林、お前はどうだ?」


 風林先輩は兜の角度を調整した。


「拙者は勉学はいまいちです」


 やっぱりテレビゲームと勉強の両立は難しいのだろうか。まだ入部して間もない俺や楓では判断できない。


 雲雀先輩が眉間に皺を寄せた。


「美夏ちゃんを取り戻すので」


 その漆黒の瞳が闘志で燃え盛る。


「美夏ちゃんとは同じクラスだし、ことあるごとに説得するので。それでも駄目なら――」


 俺は問いかけた。


「駄目なら?」


「部員総出で美夏ちゃん家に押しかけるので。必ず翻意させるので」


 真樹部長が賛意を示した。


「そうだ。人質は奪還せねばならん。何としても美夏の両親から彼女を駄ゲー部に連れ戻すのだ!」


 俺はそこで、駄ゲーのBGMが全くない部室に改めて気づいた。こんなことは初めてだ。みんな美夏先輩を想っている。諦めては駄目だ。




 事態改善の吉報はもたらされないまま、午後、重苦しい雰囲気の部室に、雲雀先輩と美夏先輩が入室してきた。美夏先輩が軽く頭を下げ、自分のロッカーを開いた。雲雀先輩はいかにも心苦しそうに俺たちへ頭を振った。クラスメイトの覚悟を変えることはできなかったらしい。


 美夏先輩は私物をまとめて紙袋の中に詰めると、立ち上がって俺たちに再度こうべを垂れた。


「今までありがとうございました。真樹部長、堪忍です。退部届け、受け取ってください。ほんならな、みんな。ここでの思い出、大事にしますわ」


 最後まで淡々としていた。だが面を上げたとき、彼女は目元を真っ赤に腫らしていた。意気消沈として背を向け、ドアノブに手をかけようとする。


 そこで真樹先輩が大声をぶつけた。


「待て! わしらも行く」


 それを合図に、俺たちは一斉に腰を上げた。皆帰宅準備はできている。美夏先輩が驚いてこちらへ振り返った。


「え? え?」


「美夏ちゃん」


 一番仲のいい雲雀先輩が、親友の肩に手を置いた。


「一緒に行くので。部員みんなで」


「え……?」




「それで、ついて来たっていうんか?」


「……ごめんなさい」


 美夏先輩の母の呆れ顔に、娘が小声で謝罪する。その背中を見据えて、俺たち駄ゲー部員全員が彼女の家の玄関に勢揃いしていた。


 真樹先輩が――迷彩服姿ではない、ごく普通のセーラー服姿だ――悪びれずに言った。


「一条美夏さんの退部は我々にとっても非常事態です。そのことをご理解いただくためにも、こうするのが一番だと考えました」


 年配者は仕方がない、といった具合に溜め息をついた。


「ま、お上がりなさい。居間で話そや」


 俺たちは靴を脱いでぞろぞろと上がりこんだ。昨日来たときと寸分変わらぬそこは、ソファを埋めても座席が足りず、俺や楓ら残りの面子は立ち尽くさねばならなかった。椅子を用意してくれないのは敢えてらしく、生みの親には逆らえないのか、美夏先輩は俺たちに目顔で詫びた。


 駄ゲー部部長としてソファに座り、美夏先輩の母親に対峙する真樹先輩。その目はいつもより真剣だ。

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