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0029(四)04

「一条さんを退部させたい、とのご両親の意志は、昨日お伺いした一年生2人より承知しております。テレビゲームを遊ぶのは学業に差し障りがあるとか」


「そや。当たり前やろ? しかも駄目ゲームとかいう、つまらないゲームばかり遊ぶなんて……。ストレスが溜まるばかりやない」


「しかし、テレビゲームの負の面にばかり目を向けていては、全体像を捉えきれないかと」


「どういうこと?」


 そのとき、玄関からドアが開く音がした。美夏先輩は一人っ子だという。ということは、この人物は……。


「おとん」


 彼女の父親、一条家の主だった。


「何や、ずいぶんお客さんが来とるな」


 全員の注視の中現れたのは、中肉中背、どこかとぼけた風貌のサラリーマンだった。黒縁眼鏡をかけ、白髪交じりの髪は収まりが悪い。


「これはこれは、こんばんは」


 俺たちも慌てて頭を下げた。


「こんばんは!」


「あなた、お帰り」


「ああ、ただいま」


 背広を脱ぎながら妻に笑顔で話しかける。美夏先輩が立ち上がった。


「おとん、これは……」


「ああ、何となく分かるで。昨日話しとった部活動の方たちやろ」


 真樹先輩は既に再度の一礼に移行していた。


「この度は大勢でお伺いして失礼しております。一条さんの所属する部活動、駄目ゲーム部の部員一同です。わし……私は部長の河井真樹と申します」


「河井さん、お座りください。他の方々は……」


 美夏先輩の母親がばつが悪そうに言った。


「椅子がないんやからしょうがないやろ」


 父親が俺や雲雀先輩ら、立っている者たちの面上を視線で一撫でする。俺たちの遠慮を感じ取ったか、それ以上何も言及しなかった。


 美夏先輩がどいたソファに座る。ネクタイをくつろげながら、どこか面白そうに真樹先輩に問いかけた。


「それで、話はどこまで?」


「テレビゲームの……駄目ゲームの全体像を捉えてほしい、というところまでです」


「聞こうやないか」


 その掴みどころのない両目に一瞬鋭利な光が走る。どんな欺瞞ぎまんも退けるぞ、という無言の圧力があった。一方母親はといえばいぶかしむばかりだ。


 それをよそに、真樹先輩が口を開いた。


「まずは私から。いわゆる駄ゲーの攻略には、自身の体調維持と適切な情報取捨とが必要不可欠です。これは先輩後輩問わず、周囲からの厳格な指導と徹底された管理とによってもたらされるものです。一条さんは既に、我々駄ゲー部システムの一部と化しています。駄ゲー部が軍隊だとすれば彼女は中核をなす軍人です。どうか一条さんをおとどめ置きください」


 風林先輩に視線を投げた。禿頭の少女はここぞとばかりに話し始める。


「駄ゲーの攻略は苦難の道です。およそ凡人の感性では陥落はおぼつかない。しかし、そんな苦行によってこそ、我々駄ゲー部は戦国武将のようなくじけない心をはぐくめると信じております。一条さんはまさにその途上にあるのです。今彼女を駄ゲーから離しては、これまでのせっかくの苦労が全て水の泡となってしまいます。どうかご再考くだされ」


 続いて由紀先輩が語った。


「駄ゲーは流行の最先端だもん。インターネットでも、名作ゲームの実況より閲覧者が多い動画が多数あるもん。ファッションとして駄ゲーを蒐集しゅうしゅうする好事家も増加中で、一般からの熱視線も送られ始めているもん。駄ゲーは旧時代の遺物じゃないもん。新時代を切り開く、むしろこれからのメディアなんだもん。一条さんをそこから引き剥がすのは問題だもん」


 雲雀先輩が熱弁を振るう。


「美夏……一条さんは私と駄ゲークリア本数で一位を競っている秀才なので。駄ゲーはただ遊ぶだけではないので。その攻略を通じて、他人と情報交換したり、制作者の意図を論じ合ったり、クリアを喜び合ったりして、人間同士の気脈を通じ合えるので。そんな楽しい道具なので」


 語気が荒くなった。


「部員として、クラスメイトとして、何より大の親友として、楽しさを分かち合える一条さんを失いたくないので! 一条さんを奪わないでなので!」


 楓が激する雲雀先輩をなだめつつ、美夏先輩に問いかけた。


「一条先輩。先輩は、今でも駄ゲー部を辞めたいですか?」


 それまで黙ってもの悲しげな表情を浮かべていた美夏先輩は、このとき射抜かれたように胸を押さえた。その内奥が部員たちの必死の説得で振り子のように揺れているのであろうことは、涙を溜めた両目で推し量れた。


「う、うちは……」


 父が、母が、駄ゲー部員が。その視線の先で、美夏先輩の泣き崩れる顔を目撃した。


「うちは、やっぱり辞めとうない。みんなと一緒にやっていきたい……」


 その目尻から透明な涙が零れ落ちた。普段クールな美夏先輩の、心の堤防が決壊した瞬間だった。みんなの誠意と真心のこもった説得が、彼女の凍てついた壁を溶かしたといえた。

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