0027(四)02
風林先輩がコップを両手で挟み、その温もりを皮膚に伝達させる。
「誰か、駄ゲー部を代表して美夏の自宅にうかがうのがよかろう。ともかくご両親の決意の程を確認しなくてはな」
ボーイッシュな由紀先輩が何度も大きく首肯した。
「それがいいもん! で、誰が行くもん?」
室内はしんとなった。重大かつ嫌な役目を、誰も引き受けようとはしない。もし何かしくじってしまったらと思うと、二の足を踏んでしまうのだろう。
「俺が行きます」
挙手したのは若干の後悔があってのことだった。昨日、美夏先輩の苦悩について、もっと突っ込んだ話をしてあげられたら。部室全員を巻き込んで、対策を練ってあげられたら。今日のこの窮状は避けられたかもしれないのだ。そんな気まずさが、俺の腕を持ち上げさせた。
「私も行きます」
驚いたことに、楓も垂直に立てた平手を肩に並べていた。
「美夏先輩には駄ゲーのいろはを学ばせてもらうつもりだったんです。それがこんなことに……。詳しい話、私も聞きたいと思います」
俺は釘を刺した。
「おいおい水仙、遊びじゃないんだぞ」
「分かってる。私は真面目よ」
黙って話を聞いていた真樹部長は、長々と息を吐いた。
「その意気やよし。では二人に命じる。一条美夏邸に赴き、敵情を視察してこい!」
「はいっ!」
かくして俺と楓は美夏先輩の住所を教えてもらい、勇躍部室を後にした。
ぽかぽかと暖かい午後だった。俺は不安と緊張にがんじがらめになりながら、それでもぎこちなく両手足を動かし、楓に先導される形で目的地へと急いだ。
駅から徒歩三分ぐらいだろう、偉く立地条件のいい古めのマンションに美夏先輩の自宅はあった。エレベータで8階へ向かう。その5号室が彼女の一家の暮らす部屋だ。インターホンを鳴らすと、40代とおぼしき婦人の声が返ってきた。
「どちら様です?」
楓は度胸があるのか、肝が据わっているのか、堂々受け答える。
「一条美夏先輩の後輩です。部活の件でお話をうかがいたくて、代表として来ました。あの、いま美夏先輩は?」
返事は歓迎からは程遠い音色だった。
「娘は塾に出かけてはります。……でも、せっかくいらっしゃっていただいたのですし、どうぞお上がりくださいな」
やがて解錠の音と共にドアが開いた。まだまだ若い、美しい母親が顔を出した。落ち着いた服装だ。
「美夏の母です。あなた方、お名前は?」
「翡翠中学1年の水仙楓です」
「同じく、高松豊です」
「どうぞ」
こうして俺たちは居間に通された。そこには黄土色のソファがL字型に配置され、50インチはあるであろう液晶テレビが隅に設置されていた。テーブルの上にはせんべいが入った器。白いカーテンを透過して灰色の光線が斜めに差し込んでいる。美夏先輩の母親は熱い煎茶を振る舞ってくれた。
「娘のことなんやろね?」
しかし飲料の温度と比較して、その作り手の口調は冷めたものだった。俺たちと同じようにソファに座ると、まずは深々と息を吸い、吐く。
「あなたたちは『駄目ゲーム部』の後輩さんってことでいいのやろ?」
楓はさすがにかしこまって答える。
「はい、そうです」
「私から助言しとくわ。いいからそんな部活、今すぐお辞めなはれ」
「はい?」
これには俺も楓も意表を突かれた。
「どういうことでしょう?」
「娘の成績が全てを物語っとるわ。直接は見せられないけど、酷いんやで」
お茶を一口喉に流し込む。
「1年生の一年間で、学年順で100番も落としてるんや。100番よ、100番。あんまりむごいと思わん?」
俺は絶句していた。確かにそれが事実なら、美夏先輩の成績の急落は恐るべきものがある。
楓は確認した。
「それが駄ゲー部で活動していたためだとおっしゃるのですか?」
「それ以外考えられないやない!」
美夏先輩の母親は突如ヒステリックに叫んだ。束縛していたたがが外れた感じだった。
「家や学校でテレビゲームにうつつを抜かして、学業がおろそかになったから、あの子は成績を落としたんや! そうに決まっとるわ! それ以外何があるっていうんや?」
楓は腰を浮かして両手を伸ばし、興奮する婦人をなだめた。
「落ち着いてください。まずは深呼吸しましょう」
俺は反論しようとしてしゃがれた声を出し、慌てて咳払いした。
「テレビゲームが勉強を妨げるというのは暴論かと思います。他に理由があるとは考えられませんか?」
先輩の母は額に落ちたほつれ毛をかきあげた。
「ないやろ。だいたい、テレビゲームを遊んで勉学がはかどったなんて話、あるわけがないわ」
そう言われると、まあ確かに。楓が必死に抵抗する。
「でも、美夏先輩をいきなり退部させるなんて論外です。まずはゲームの分量を減らして、徐々に勉強の時間を増やす、というやり方もあったはずです」




