0024(三)04
「懐かしいわね! これは私の持ち物だわ。間違いない、この薄汚れ具合……。3年ぶりの再会ね」
どうやらこのゲーム、笹本先生の持ち込み品らしい。今の今まで、部室内のプラスチックの入れ物の奥で死蔵されていたのだ。
彼女は紙のケースを開け、黒いカセットと説明書を取り出してじっくりと眺めた。
「本当、つまらないゲームだったわね。今でも思い返しただけでムカムカしてくるわ。でもそれが駄ゲーの魅力なのよね」
笹本先生はクイズを出した。
「1987年12月12日。何の日か分かる?」
俺も含め、部員一同分からなかった。
「笹本先生の誕生日ですか?」
「ブーッ、はずれ。年が違うわね。それだと私は29歳になるじゃない。まあ今37歳の私としては、嬉しくなる勘違いかな。……12月12日はあってるんだけど」
何か勘づいたのか、風林先輩が拳で手の平を打った。
「分かったぞ。マーク3版『アフターバーナー』の発売日じゃな?」
笹本先生は小さく控えめに拍手した。
「当たり! そうよ、私の8歳の誕生日に、厳格なお父さんが買ってきてくれたのが『セガマスターシステム』本体と対応ゲームカセット『アフターバーナー』だったの」
マスターシステムとは何だろう。まあ本体って言ってるし、セガマーク3と似たような機能を搭載したゲーム機なのだろう。
笹本先生はいとおしげにカセットを眺める。
「お父さんは病気で亡くなったから、これは私にとって形見の品になっちゃった。どうして人気絶頂でソフトも多数発売されていたファミコンではなく、弱小シェアのセガハードをプレゼントしてくれたのか。今でも謎のままね。でも大事なものになったから、おいそれと売却するわけにもいかないし」
目の辺りが赤くなっている。
「だから3年前に、当時の生徒だった女の子から『駄目ゲーム部』を作りたいって懇願されたときは、本当に渡りに舟だと思ったわ。私はテレビゲームの部活動の立ち上げに渋面を作る先生方を説得し、同時に秘蔵駄ゲーコレクションを惜しまず投入して、駄ゲー部をスタートさせてあげたの。皆で『アフターバーナー』を遊んだときは笑いが絶えなかったわ。冗談だとしても酷すぎる出来栄えだ、ってね」
笹本双葉先生。彼女もまた、駄ゲーをこよなく愛する奇人変人であるらしかった。
「あれから30年も経って、私のゲーム遍歴も途中で止まったままだけど、100点満点の楽しいゲームより10点の駄目ゲームの方が心に残っているわ。駄ゲーこそは人生の縮図なのよ。……部室引っ越しは終わったのよね?」
真樹先輩が敬礼した。
「はっ、完了いたしました」
「じゃあ私もお邪魔して、皆で『アフターバーナー』を遊びましょう。いいかしら?」
「はい、喜んで!」
こうして狭苦しい新部室に顧問を迎え入れ、駄ゲー部の新たな活動は始まった。
「何だもん、これ! 煙が出ないもん!」
「酷い出来なので……。回転がガタガタなので」
「拡大縮小がないやんけ。全然スムーズじゃないやん……」
由紀先輩、雲雀先輩、美夏先輩が次々失望を口にする。もちろん『アフターバーナー』の感想だ。一人一人がゲームオーバーになるたび次の人間に交代する。
「これはやりがいがあるぞ。ちと敵弾の接近が分かりにくいが……。今から兵糧攻めの準備をしておくか」
「最新鋭戦闘機F-14XXでZ国の包囲網を突破する、か。このシチュエーション、燃えないわけがない!」
風林先輩と真樹部長は気に入ったのか、かじりつくようにモニターを見据える。俺と楓は謙虚にプレイを辞退していた。
そして遂に、笹本先生がコントローラーを握る場面となった。
「腕がなまってなければいいけど……」
横から見ている限り、笹本先生の目は少女のように鮮やかに輝いている。教師という人生を選び取り、それをしっかり軌道に乗せている普段の先生からは想像もつかないほど、その顔は魅力的だった。
ゲームが始まった。しかし笹本先生はキーの左を押したまま動かない。ザコ戦闘機がミサイルを撃ってきても、まったく微動だにしない。
「先生……?」
真樹先輩が首を傾げた。先生が簡潔に答える。
「実はこのゲーム、ずっと横を押しておけば、12面まで無敵でいけるのよ。知らなかった?」
部員一同が戦慄に顔を強張らせる。つまり全18面のうち3分の2は、攻略するだけ馬鹿馬鹿しいというわけか。さすがは駄ゲー。セガゲームスの黒歴史、といった感じだ。
途中、6面と12面に大きなボス敵機が出てきた。笹本先生は機敏な操作であっという間にそれらを片付けた。
そして無敵が効かなくなる13面。笹本先生の本当の戦いが始まった。遠くに見える雑魚戦闘機をバルカンとホーミングミサイルで撃墜していく。時折放たれる敵弾は上下移動で回避。その操作の軽妙さに一同は唖然となった。




