0022(三)02
美夏先輩は上下のまつ毛を叩き合わせた後、微笑んだ。
「何言うとるんや自分。メガドライブといえば、ファミコン以上に駄ゲーに溢れたハードやないか。特に初期から中期にかけては、その多くが駄ゲーだったという伝説の機種なんやで」
そんなに酷いのか……。俺は身震いした。いつか挑戦しなければならないんだろうな。
「高松!」
真樹先輩の怒声に俺は飛び上がった。慌てて彼女の方を向き直り、直立不動で敬礼する。
「すみません、さぼってました」
「正直だな。それに免じて腕立て50回だ!」
あの、回数が増えてるんですけど。俺はしかし、あえて文句を言わず、壁際に適当なスペースを見繕って腕立て伏せを開始した。真樹先輩の逆鱗に触れることは避けたかったからだ。本当に怒ったら張り手ぐらい飛ばしてきそうだし。
他の3人――風林先輩と由紀先輩、楓――は、黙々と片付けに全力を尽くしている。俺がのろのろとプッシュアップしている間に、荷物は運び出しの段階に入った。
「行くぞ、お前ら! 目指すは新部室棟2階3号室だ! もたもたするな、置いていくぞ! 駆け足!」
ようやく腕立て50回を終えた俺に、楓がハンカチを差し出してくれた。
「額の汗、これで拭いたらいいよ」
「サンキュー」
俺は遠慮なく布切れを借りた。発汗を紛らわしてその場にあぐらをかいて座っていると、由紀先輩がおかしそうに声をかけてきた。
「疲れただもん?」
俺は空元気を飛ばした。
「何のこれしき、ですよ」
「いい心がけだもん」
俺は休憩がてら、試みに聞いてみた。
「由紀先輩が駄ゲー部に入るきっかけとなったゲームは何ですか?」
「ボク? ボクはメガCDの『惑星ウッドストック~ファンキーホラーバンド~』かな、だもん。パパの友達から譲り受けて遊んだけど、ゲーム史上に残る超駄ゲーだったもん。RPGなのに1日でクリアできるし。あまりの酷さに頭にきて、送り返そうかと思案したとき、自分の学校に『駄目ゲーム部』があることを思い出したんだもん。それでそこに、メガCDとこの駄ゲーを進呈しようとドアを叩いたら……」
俺は引き取った。
「いつの間にか入部させられていた、と」
由紀先輩は口端を吊り上げた。笑うと女の子っぽくなるな、この人。
「そうだもん。ボクが1年生で、まだどこの部活にも入っていないことに気づいた当時の部長は、駄ゲーの素晴らしさを2時間ほど切々と語り聞かせてきたんだもん」
する方も聞く方も忍耐強いな。
「それでボクも最終的には折れて、駄ゲー部に入部したんだもん。その判断は、今も全く後悔してないもん。駄ゲーの山も、ウッドストックに比べれば長く遊べる分だけまだましに思えて来るだもん」
俺は疲労の溜まった両腕を真上に突き上げ、背筋を軽く伸ばした。
「……なるほど、駄ゲー部員には各々そうなった理由があるんですね。人それぞれって感じです。……俺たちもそろそろ荷物を運ばないと」
由紀先輩はキャリーケースにゲームカセットを詰め込んでいる。
「ボクが留守番するから、楓ちゃんと一緒に新部室棟へ道具を持っていってだもん。場所は分かるよねだもん?」
「校舎を挟んで反対側、でしたよね」
「そうだもん。じゃ、よろしくだもん」
楓が手を伸ばして催促してきた。
「ハンカチ、もういいよね?」
「洗って返すよ」
「えっ、いいよ別に」
「まあまあ」
俺は学ランのポケットにハンカチを押し込むと、ファミコンやメガドライブの本体が入った段ボール箱を抱えて部室を出た。同様の持ち物で楓が後に続いてくる。
グラウンドでは暖かな日差しの中、野球部が白球を追いかけていた。監督の鋭いノック音が空へと突き抜ける。生徒たちが右に左にほとんど飛ぶように、後逸を防ごうと躍起になっていた。
そこから少し離れたテニスコートでは、ジャージ姿の女子がラケットとほぼ一体化してラリーを続けている。1年生たちだろう、白線の外側に中腰で並んでいる数名が声を出していた。
その側で懸命に柔軟体操を行なっているのは、陸上部の面々に違いない。まだまだ成長期、体は柔らかそうだ。前屈もさまになっている。
「皆楽しそうだね」
楓がぽつりとつぶやいた。俺もグラウンドの光景がかもし出す引力に若干目を奪われかけたが、頭を振ってそれらを追い払う。
「行こう、水仙」
新部室棟は灰白色で2階建ての建築物だった。確か真樹先輩は2階3号室と説明してたっけ……
などと考えていたら、3号室らしき部屋の窓が開き、真樹先輩が顔を出して怒鳴った。
「遅いぞ二人とも! 戦場では一分一秒の逡巡が命取りになるんだ。早くそれらを持って上がって来い!」
「すいません!」
俺と楓は建物脇の階段を急いで上り、3号室へ雪崩れ込んだ。




