0021(三)01
(三)
「命令する! 引っ越しするぞ!」
真樹先輩の号令は唐突で、まさに晴天のへきれきだった。5月も半ば、うららかな午後のひとときだ。それまで駄ゲー攻略にいそしんでいた駄ゲー部メンバーたちが、部長のヘルメットの奥から輝く双眸に注目する。美夏先輩が挙手して発言した。
「それはこの駄ゲー部が、ってことですかいな? 引っ越しって……どこへ?」
「鉄筋コンクリートの新部室棟だ。喜ぶがいい、糞ったれども。前から廃部の危機に瀕していた新聞部が、新入部員ゼロで、わしたちと入れ替わりになるそうだ」
由紀先輩が指を音高く鳴らした。
「本当だもん? そんないい話は滅多に聞かないもん。新部室棟は確か風通しが良かったもん?」
「ああ、そのようだ。夏の暑さにももう怯える心配はないのだ。安心してファミコン版『スペースハリアー』が堪能できるぞ」
「やっただもん!」
真樹先輩は部員たちに指示を出す。
「まずはファミコンやセガマーク3などのハードウェアを移動させる。ダンボール箱を多数持ってきたから、ゲームソフトと一緒にそれへ詰め込め。延長コードも忘れるな。ゴミも出しておけ。攻略本や各種書籍も拾っていけよ。絨毯はそのままでいい。では一五三○、作戦開始!」
俺たちは部長の指示の下、一斉に動き出した。一ヶ月お世話になった木造の部室とお別れするのは心苦しかったが、それより新しい部室への期待感が上回った。皆テキパキと臨時の仕事をこなしていく。
十分ぐらい経過した頃だった。
「あっ、懐かしいので。これは私がクリアした『スペランカー』のカセットなので」
雲雀先輩が手を休め、いたわしげに黄色いカセットを見つめる。俺は紙くずをビニール袋に詰めながら、その横顔に声をかけた。
「『スペランカー』って、どんなゲームなんですか?」
「もちろん駄ゲーなので」
「あ、いや、それは分かってるんですが」
こちらを向いた雲雀先輩の瞳がいたずらっぽく細められる。
「テレビゲーム史上最弱の主人公、といえば分かりやすいので。何しろちょっと落下しただけで――自分の身長程度の落差だけで――死んでしまうので。虚弱すぎるので」
「へーっ……」
「タイトル画面で流れる曲の荘厳さが、一気に崩壊する危険なソフトなので。ちなみにファミコンにセットすると、ゲームカセットのランプが赤く点灯するので」
雲雀先輩は遠い目で語る。
「私を駄ゲー道に引き入れてくれたのが、まさにこの駄作だったので。昔、テレビゲーム好きな友達の家でこれを遊ばせてもらったとき、激し過ぎる理不尽な死に爆笑してしまったので。そうしたらその子が、『気に入ったんならあげるよ』と言ってくれたので。聞いた話では、その子の親が断捨離が不得意で、ファミコン本体ごと娘に押し付けてきたそうなので。それから時も経ち、いい加減部屋も好みの品物で埋め尽くされてきて、『スペランカー』とファミコン本体がだんだんと邪魔になっていったそうなので」
「渡りに舟だったというわけですね」
雲雀先輩は口元を押さえて鈴のように笑った。
「そうなので。私はもらったファミコンと『スペランカー』を自宅に持ち帰って、研究と実践に明け暮れたので。それが私の駄ゲー道の始まりだったので……」
真樹先輩の険のある声が割って入ってきた。
「こら、そこ! 手元がお留守になってるぞ。次にぼけっとしたら腕立て30回の刑を科すからな!」
「すみませんなので」
作業に戻りながら、雲雀先輩が俺の耳に小さな声でそっと言葉を注ぐ。
「引っ越ししたら遊んでみるので」
「はい」
貧弱主人公の『スペランカー』か。駄ゲー臭が凄まじいが、まあ後の楽しみだ。
背後で美夏先輩が素っ頓狂な声を上げた。俺はゴミを片付ける振りをして様子を覗く。
「どうしたんですか?」
「メガドライブの『おそ松くん はちゃめちゃ劇場』や。懐かしいのう」
ファミコンに比べて立派な箱から取り出されたゲームカセットは、あの赤塚不二夫の漫画を原作としたものらしかった。
「やっぱりつまらないんですか?」
「もちろんや。天地がひっくり返ったようなつまらなさやで。アクションゲームなのに3面しかなかったり……。一年前、うちがこの部活に来て最初に任されたんがこのゲームやったんや。鍛えられたなあ」
過去に遊泳する美夏先輩は措いておいて、メガドライブって何だ? 俺は疑問を抱いた。目の前にあるこの黒いハードもゲーム機のようだが、『16-BIT』って何だろう? 『SEGA』はゲーム会社のセガゲームスのことだろうけど。ファミコンのようなゲーム機を、セガゲームスも出していたということなんだろうか。
「美夏先輩、メガドライブの駄ゲーってこれだけですか?」




